2006/11/24

政治家は使い捨て!? - 他人の〃飯茶碗〃を叩き落す -

 諫早ケーブルの南孝行社長は、この業界の大先輩だ。飾らない人柄で、周囲の信望も厚く、今年は永年にわたる斯界での活躍が認められ、表彰も受けた。

 島原半島にも知人が多い。丸政水産会長の坂田政男さんをはじめ、小島建設会長の小島秀治さん、東洋興産社長の石橋一朝さんらとは、切っても切れない〃悪友仲間〃だ。

 その南社長がある時、しみじみと語りかけてきたことを、いま思い出した。「商売熱心は結構ばってん、欲に目がくらんで、他人(ひと)の〃飯茶碗〃ば叩き落すような真似だけはしちゃいけんばい。負くんなよ、清水ちゃん!!」。

 まあ、ここまで書けば、筆者が何を意図しているか分かるだろうし、もうこれ以上多くを語る必要もないだろうが、正直その時は「ジーン」ときた。

 しかし、今の世の中、〃人情派〃の南社長が忌み嫌う「我欲シーン」ばかりが目立つ。

 自民党の郵政民営化反対派議員の「復党」問題で揺れる政界。小泉前首相&武部幹事長から差し向けられた〃刺客〃の面々の狼狽ぶりが面白い。

 いわゆる「小泉チルドレン」。八十数人もいるのだから「派閥」を組めば結構な勢力だろうに、インタビュー番組を見れば「二階に上げられて、梯子を外された」風の〃泣き言〃ばかりが目立つ。

 移り気なマスコミ報道もどうかと思うが、自分の進退ばかりにしか目が向かないような人間を、我が国民はどうして〃選良〃としたのだろうか。

 この事態に対する、〃変人〃のコメントがふるっている。「政治家は常に、使い捨てにされることを覚悟しなければならない」だと(朝日11月8日付)。

 小泉さんが目指したのは米国流の「優勝劣敗主義」。文字通り、強い者が天下を取る社会の仕組みだが、我が国は太古の昔から「和を以って尊しと為す」国民性ではなかったか。

 狎れあいの「仲良しクラブ」もいただけないが、度を越した「覇権主義」はもっといけない。要は「程度」「塩梅」(按配)の問題である。

 「勢い」があるからと言って遮二無二突き進んでいけば、必ずや「墓穴」を掘る。古くは道長、帝国主義、共産主義…洋の東西を問わず、歴史がそれを証明している。

 「人はパンのみに生きるにあらず」。聖書はそう説くが、一方で「腹が減っては戦ができない」のも現実。もちろん「食べ過ぎ」も禁物だ。

 カボチャテレビは両の手でしっかりと「飯茶碗」を持っている。決して叩き落されない。

 精神面で温かく応援してくれる南社長、地域の皆さま方の期待を裏切らないよう、今後も頑張っていく所存。倍旧のご支援のほどを、改めて宜しくお願い申し上げます。