バカの後知恵そのもの…90分間ひたすら喋ったが…
‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐
「バカの後知恵」とはよく言ったもので、先日とある講演会に呼ばれて喋った内容について、今頃になって深く後悔している。
お声が掛かったのはまだ暑い盛りであった。最初は「柄でもない」とお断り申し上げたのだが、熱意にほだされる形で引き受けてしまっていたのだ。
今にして思えば、担当者の方にも、同じような慙愧(ざんき)の念を抱かせてしまっているのでは…、とうすら寒い思いにとらわれている。
演題を訊かれた時、深く考えることもなく「『かく』ことについて - として下さい」と応えた。ただし「かく」は平仮名で - との注文も忘れなかった。
ふだんから訳の分からない〃駄文〃を並べている身とすれば「書く」と言うには余りにもおこがましくもあり、もともとその方面には自信もへったくれも無かったので、最初から〃逃げ〃をうっていたのだ。
つまり「かく」として置けば、「書く」以外にも「(絵を)描く」、「(仁義を)欠く」…などの話にも使えるし、いざとなったら「(恥を)かく」という〃オチ〃でまとめられるのでは、と。
が、いかんせん、その考え方は甘すぎた。何せ与えられた時間は90分もあったのである。業界やオバ様方の集まりで少々語ることはあっても、せいぜいそれは40分から1時間。とても〃素人〃のこなせる時間枠ではない。
事の重大さと準備不足に気付いたのは、もう前日のこと。ほぼ半日を費やして原稿用紙50枚ほどの草稿を仕上げたのだが、一体何を言いたいのやら?
不安と後悔が交錯する頭を抱えて開演の20分前に会場に着いたら、「先生」と呼ばれて、いきなりギョッ!
長いような短いような待ち時間を経て壇上に立つと、知識欲に溢れた百人近い専門家集団がズラッと陣取っているではないか!
用意した原稿をチラチラ見ながら〃無難〃にこなす方法もないではなかったが、とてもそんな心の余裕など持ち合わせていない。仕方がないので、内容そっち除けで、ひたすら喋くりまくった。
途中、「嗚呼、これではいかん…」と反省することもしきりだったが、ここまで来たら、最後まで行くしかない!
全身にグッショリと汗を「かき」ながら時計を見ると残りあと10分。せめて「オンタイム」だけを目標に、90分間の〃講演もどき〃を終えた時に感じた思いは、マラソンランナー有森裕子のあの言葉だった。
ところで、「書く」ということについて、大学の先輩でもある田中正明先生(元長崎北高校長)から頂いた本を後でひも解いてみたら、「ガリ版に鉄筆で『掻く』作業。すなわち一種の彫刻」(要約)とあった。
筆者のような軽佻浮薄なパソコン世代への大いなる〃警鐘〃である。
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