昔は忍者も使っていた!!… 「桐の葉」は最強の血止め
‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐
音無川沿いのポケットパークに立つ、1本の柿の木。それは、それは見事な「紅葉」を従えていたが、いつの間にか「裸木」へと姿態を変えていた。近くの銀杏の木も、もうすっかり葉を落としている。
今年は「柿の実」の当たり年だったようだ。車を走らせていると、枝もたわわんばかりに、窮屈そうにひしめき合っている。「もったいない、ちぎって干し柿にすればいいのに…」などと、つい余計な心配をしてしまうほど。
徳島県上勝町で取り組まれている「葉っぱビジネス」(株式会社いろどり))を視察に行ったのは、かれこれ3年ほど前のこと。彼の地では嘘でも誇張でもなく、「実そのもの」より「葉っぱ」の方が幅をきかせているのだ。
改めてそんな思いで眺めていた「柿の葉」だったので、落葉を惜しむ気持ちはひとしおである。仮に「上勝産」とした場合の皮算用でいけば、あの木1本でウン十万円は稼げたはず…などと。
まあ、それはそれとして、先日再会した崇城大学薬学部教授の村上光太郎先生から、「桐の木」に関する何とも興味深いお話をうかがった - 。
〈桐の葉にはものすごい『止血効果』があって、女の子が生まれたら、その家の庭には必ず桐を植えるという習わしもあるほどなんだよ〉
〈傷は深い、浅いに関係なく、早く手当てをすれば跡が残らない。従って、昔の人は女の子が顔などをケガしたら、桐の葉を揉(も)んで、すぐに傷口をふさいでいたんだ〉
〈女の子が大きくなれば、それと歩調を合わせるかのように桐も大きくなる。成人してお嫁に行く時には、桐も成木となってちょうど箪笥の材料となる。『虫除け効果』は後付けの理由なんだよ〉
いつもそうだが、この先生の話には、ついつい引き込まれていってしまう。それだけ面白い。いや「説得力」が伴っている、という証左である。
〈江戸の昔には、忍者っていたよね。彼らは天井裏で偵察している時などに『クセ者!』といって槍に突かれることがあったりすると、桐の葉で必死に血止めをしていたんだ〉
解説も、ここまで来ると、もう感動モノ!「たかが葉っぱ、されど葉っぱ」である。
ところで、村上先生は現在、熊本市内にお住まいなのだが、もともとの本拠地は上勝町のある徳島県(徳島大学の出身)。その関係もあって、「いろどりビジネス」とも深い繋がりがあるそうだ。
来春には弊社主催で「講演会」を予定している。「来年のことを言えば鬼が笑う」と言われるが、何とか「日本三大薬園」の一つがあるここ島原の地でも、「いろどり」に負けないくらいのビジネス展開ができないものだろうか?
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