哲学とは〃無縁〃の身…まさに「一寸先は闇」でした
まさに「一寸先は闇」の政界であった。某全国紙の一面トップ記事の見出しを信じる余り、「収束」(候補一本化)の方向で原稿を取りまとめて送っていたら、締切間際になって「決裂」の怪。おかげで、昨報は「ボツ」となってしまった。
もともとこの言葉は、日米安保騒動当時(昭和35年)に、岸信介総理総裁のもとで自民党幹事長を務めていた川島正次郎さんが吐いたものらしいが、特段「政界」に限らずとも、何が起こるか分からないのが「世の中」というもの。
さて、月かわって9月。日経新聞名物の『私の履歴書』の新たな登場人物は、哲学者で中央大学名誉教授の木田元(きだ・げん)さんだ。昭和3年生まれの82歳。
改めて恥を晒すまでもなかろうが、今日まで「哲学」とはまったく無縁の世界に身を置いてきた。大学の一般教養で、ヘーゲル研究の大家、樫山欽四郎教授からものの見事に「不可」を頂戴したのも、ほろ苦い思い出の一つだ。
話は脱線するが、この先生の娘さんが伝説的なNHKの朝の連ドラ『おはなはん』で一躍有名になった、女優の樫山文枝さん。確か、弟さんは「オンワード樫山」の社長職だった。
まあ、まともに授業にも出ていなかったので「不可」とされても異存などなかったが、内心忸怩(じくじ)たる思いもあって、パチンコの景品でキルケゴールの著作を求めたこともある。
『絶望は死に至る病』というタイトルで、幾度か挑んではみたものの、こちらもあっけなく途中で〃白旗〃を上げた。
ただ、「おかげ」と言っては何だが、今日まで露命をつないでいるのは、事ある毎に「絶望の淵」から這い上がってきたことの証左でもあろう。
事程左様に「哲学」とは縁遠い身なのだが、どうした訳か、木田さんの著書が1冊だけ手元にある。岩波書店から出ている『一日一文』(英知の言葉)という作品だ。
内容は、古今東西の哲学者や文学者などの名作の一節を〃日めくり風〃に編んだもの。折に触れてひも解くつもりでいたのだが、何年経ってもいまだに〃新品〃の状態が続いている。
『私の履歴書』の開始と合わせてちょうど良い機会だから、「9月1日」のページを開いてみると、フランスのカトリック作家、モーリアック(1885~1970)という人物が取り上げられている。
もちろん、初めて目にする名前で、馴染みもへったくれも何もあったもんでない。少し文章を追ってはみたが、「憎悪」「復習の願い」「金への執着」「蝮の醜い巣」…などと、もう端からお手上げ状態。
嗚呼しょせん、オレはこの程度の、頭の悪い、不可人間なんだ…。政界同様に、漆黒の闇に包まれた「絶望の淵」に再び立たされたのであります。
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