2007/02/15

現場が大切なのだ!! - 新聞記事で蘇った思い出 -

郁文館は明治22年に創設された学校法人。民俗学の泰斗、柳田國男をはじめ多くの著名人を輩出している名門だ。

バイト当時は、そんなに由緒ある学校だとは知りもしなかったが、校長一家には何かしら〃威厳〃のようなものが漂っていた。

ある日、後継者と思しき長身・長髪の男性が現れた。今で言う「イケメン」の一種だろうが、頭も良さそうで、慶応の〃銀時計〃とかいう触れ込みだった。

我々のネグラはタコ部屋。同居人は「チーフ」と称する調理人と、学校お抱えの運転手。確か「ヤマちゃん」と呼ばれていた。

チーフは東北出身で赤いほっぺをした、嫌味な野郎だった。絵が上手くて、休憩時間に、良く「トラの雄叫び」のような構図を描いていた。

ヤマちゃんは色白で小太り。黒縁の眼鏡をかけ頭は禿げかかっていた。そのステテコ姿は、今で言う「メタボ」に他ならない。

仕事は大浴場の掃除に始まって、ホールの後片付け、食事の下準備など多忙を極めた。今でも忘れないのはカレー料理。何せ百人分余りを作るのだから半端じゃなかった。ジャガイモは大きな桶に櫂のようなもの突っ込んでゴリゴリ。

チーフ曰く「ルーの旨みを引き出す」ということで、何時間も何時間も掻き混ぜさせられた。お陰でしばらくは体中からカレーの臭いが取れなかった。

また、ある日のメニューは鮎の塩焼き。養殖池にパンツ一枚で飛び込んで奮闘した。今度は魚の臭いにまみれた。

一度だけ休みをもらって軽井沢へ出かけた。山道をバスで下って約1時間。この時ほど「女性は美しい!!」と感じたことは、無論これまでにもない。

新聞で渡邉美樹氏の記事(理事長就任)を読んでいなければ、郁文館のことを思い出すこともなかったろうが、縁とは不思議なものだ。

文藝春秋3月号に、ジャーナリストの上杉隆氏が『暗闘・教育再生会議の内幕』と題したレポートを寄せている。それを読むと、渡邉氏が企業経営者としての嗅覚を生かした言動をしていることを感じる。

先ごろ、日本テレビ日曜朝の人気番組『波乱万丈』の中で、氏の半生を特集していた。裕福だった少年時代から一転「母の死」「父の事業失敗」に遭遇。それらを乗り越え、事業経営と併せて、教育改革を志した氏の胸中は?

「ゲンバ・イズ・インポータント」(現場が大切なのだ)は、日産の救世主カルロス・ゴーン(CEO)の口癖だ。

さて、小嶺忠敏前国見高サッカー部総監督(当社CAO)は「教育現場の姿を国に訴える」と、次期参院選出馬を表明。その意気込みが大きな「ロングパス」として永田町へ届くかどうか、は有権者の判断次第である。