感動したコラボ企画 - 慈恩寺の名前はどこから? -
漢字262文字が伝える仏典の真髄、般若心経(はんにゃしんぎょう)。その一文字一文字を書き写す作業を「写経」と呼ぶ。
悩み多き筆者もほんの一時期、はまったことがある。と言うより、「時間があれば続けたい…」というのが本音だ。
島原市の森岳商店街の一角「鵜殿邸」でこのほど開かれた「般若心経と尺八のコラボレーション」企画は実に素晴らしかった。
演奏者は熊本県甲佐町の薬王寺住職、白土虚皓さんと、長崎市在住の松林静風さんの両名。静寂の底を縫うように流れる中国伝来の民俗楽器の味わい深い響きは、一言でいって〃心のオアシス〃。
決して〃誇張〃ではなく心休まる一時であった。同邸にはまだ、主宰者の長濱七郎さんと、小長井町で窯を開いている荒木広さんが色紙一枚一枚に描いた般若心経を展示中。お訪ねになるのも一興か。
諸説あるが、般若心経は『西遊記』にも出てくる玄奘(三蔵法師)が天竺(インド)から中国にもたらしたもの、との説も有力だ。
中身については、巷に解説本が溢れているので、筆者の聞きかじりなんかより、是非そちらの方をご参照いただきたい。
ところで、以前にも本欄で紹介した小林正観さんの著書『釈迦の教えは感謝だった』を改めて読んで分かったことがある。
なんと三蔵法師が帰国後も世俗との接触を一切断って、18年間もの長きにわたって籠もり続けた寺院の名前が「慈恩寺」である、というのだ。
「慈恩寺」と言えば、西有家町の山手の集落だが、何らか因縁があるのだろうか?それとも知らないのは筆者くらいか?ご存知の方がおられたら、その由来を是非教えていただきたい。
最後にお知らせだが、その小林さんの講演会が25日夜に諫早文化会館である、という。
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