またまた犯した勘違い - 伊万里の陶器市は4月と11月 -
出張先の佐賀県伊万里市で「実は今日、伊万里の陶器市をGW期間中と書いてきたけど、あれは有田の誤りだったなあ…」と、陶器に詳しい同僚に尋ねたら、「間違っていますね。伊万里は4月と11月です」とバッサリ切られた。
氏は毎年のように陶器市に通っているから彼の地の事情に詳しい。「伊万里は昔、有田で焼かれた陶器類の輸出港として栄えていました。なので、欧州では有田焼を総称して『イマリ』と呼ぶんですよ」と。
でも、昔から言うではないか、「生あるものは死す、形あるものは崩る」と。人間は誰だって間違いを犯す動物だよ、K君。
伊万里はとっても素晴らしい所だった。山があって、川が流れて、何より街全体が落ち着いていた。「伊万里牛」をはじめ食べ物も美味しかった。
島原市よりちょっと大きめの典型的な地方の小都市だが、敢えて周辺の市町村と合併しなかったのは、何か特別な理由でもあるのだろうか。
時間的な制約で、丼も買えず、世界のクロサワ記念館にも行けなかったのは残念だが、次の楽しみに取っておこう。
話は相前後するが、西九州自動車道の波佐見有田ICを降りた辺りで、原稿の間違いにハタと気付いていたのだが、同時に昔の事を思い出していた。
最近は年をとったせいか、以前にもまして昔の出来事が頭をよぎるようになった。窯元が建ち並ぶ通りを横目に見ながら「森酒造」という名前が浮かんだ。
その跡取り息子と一緒に「サンデー毎日」でアルバイトをしていたことがある。仕事の内容は東大をはじめ全国の難関大学にどこの高校から何人合格したかを調べる作業だった。
ハサミで切り離した付箋のような細かな紙の帯を、学校別に一枚一枚ノリ付けしていく〃根気〃のいる労働で、時給は確か600円だった。
実は、その当時から矛盾している、と思っていたことがある。マスコミは日頃は受験教育の行き過ぎを批判しておきながら、一方ではシーズンになると「売らんかな!!」の姿勢で特集号を出す。
その経営方針は未だに変わっていないようで、昔からある新聞社系の週刊誌は、性懲りもなくそうしたマンネリ企画を続けているようだ。もっとも最近はパソコンの登場で、以前と比べると、格段に簡単にはなっただろうが…。
跡取り息子は2学年ほど年上の日大生で「このバイトが終わると、佐賀(西有田)に帰らんば…」と、下宿の窓に腰掛けて「東京」というフォークソングを、ギターを爪弾きながら寂しそうに歌っていた。
彼はバイト仲間の昭和女子大のメグミちゃんが大好きだったが、なかなか言い出せないでいた。今にして思うと、あれは「葉隠れ」の精神だったのだろうか!?
0 Comments:
コメントを投稿
<< Home