2007/06/05

江川さんも大喜び!! - 佑ちゃんハンカチと大町さん -

 「6・3大火砕流災害」から丸16年目のその日、神宮球場(早慶戦)は3万6千人の観衆で溢れていた。

 お目当ての〃ハンカチ王子〃こと早大1年生投手の斉藤佑樹君は5回までほぼ完璧に近いピッチング。味方打線も序盤から大量点を叩き出し、完勝するかに見えたが、6回に入って突如乱れ始め、一挙に4点を返された。

 だが、後続ピッチャーの〃粘投〃でその後の慶応打線の反撃を1点に抑えて、9対5で早稲田が競り勝った。2年ぶり39回目の優勝。

 前置きが長くなったが、その前日、南安徳町在住の大町勝枝さんから、丁寧なお手紙を頂戴した。開けてみると、「W」ロゴ入りのブルーのハンカチーフが同封されていた。

 勝江さんのご主人は島原市議会副議長などを歴任された大町一郎左衛門さん。文面を丹念に読んでいくうちに、雲仙普賢岳の噴火災害前に、メキシコのティファナで、セスナ機が墜落して亡くなった息子さん(旭化成勤務)のことを思い出した。

 〃あの日〃は確か記者クラブにいたが、社長から呼び出され、緊急取材を命じられた。「全面使っても良いから、徹底してお話を聞いて来い!!」。

 駆け出し記者だった拙者は何がなんだか分からないまま、大町邸に急行。読売の新山さんが一足早く取材を始めていた。

 その時、どんなお話を聞いたのか、どんな記事を書いたのか、もう記憶に定かでない。ただ、ご両親とも気丈に振る舞われていたことと、庭の棕櫚の木(?)が印象に残っている。

 この大木は安徳地区のランドマーク的存在だった。幾たびも、幾たびも、周辺が土石流に埋もれようとも、ビクともせず勇姿を保ち続けていたが、かさ上げ事業等の推進とともにいつしか消え去った。

 文面には亡くなった息子さんのことは一行も触れてなかったが、尊い43名の犠牲者が出た「6・3」のちょうどその日に、このような便りをいただくこと自体、何かしら〃因縁〃のようなものを感じる。改めて亡くなった皆様方のご冥福を祈るばかりだ。

 「ハンカチ」は早稲田の大学院で学んでいるお孫さんからお祖母ちゃん宛に贈られてきたもの。その母親(大町さんの娘さん)は慶応病院の内科勤務だというから親子で〃早慶戦〃とは何とも羨ましい。

 さて、江川紹子さんが久方ぶりに来島。復興アリーナでは講演会が開かれたが、早稲田OGの江川さんも試合の行方が気になって仕方がない様子。

 結局、最終イニングだけを、拙者の車中のワンセグテレビで観戦。「佑ちゃんの彼女は○○にいるんだよね」などと、耳寄りな情報を教えてもらいながら、母校の勝利を祝った。

 最後になったが、島高レスリング部も6年ぶりの優勝。オメデトウ!!