2007/09/21

舞岳は思い出の撮影地 - 一中3年生と20数キロを歩く -

 「熱帯夜は、絶対イヤ!!」などと、凍てつくようなオヤジギャグを思い浮かべながら、とうとう朝を迎えてしまった。おかげで今日は寝不足だ。

 九月も下旬だというのに、まだ続く猛暑。向こう一週間の予報を見ても、連日「晴れマーク」のオンパレードだ。

 だが、秋は確実に深まっている。16日、一中3年生とともに、舞岳山荘まで歩いた。往復20数キロ。

 早朝5時起きで、杉谷公民館で「本隊」と合流。みんな元気がいい。一方で、他人様より20キロも重たいに「肉塊」を抱えている身にとっては、まさに苦難の道程でもあった。

 途中、三会原の畑地から眺めた日の出は、実に美しかった。朝日を浴びた平成新山の山頂には、お椀型の絹雲がたなびき、思わず踵を返してシャッターを切った。

 2時間弱をかけ目的地に辿り着いたが、元気があり余る子供たち(有志)は、八八八八段の階段を一気に駆け登って山頂を征服。羨むばかりの体力だ。

 何を隠そう、この山荘一帯は、普賢岳噴火災害時の撮影ポイントの一つだった。夜中、三脚にカメラをセットし、開放状態で待つこと数時間。

 現像したフィルムには、溶岩ドームの赤い炎とともに、幾つもの星の軌跡が幾何学的に描き出されており、今でもお気に入りの作品の一つだ。

 時間を遡ると、今の中学3年生は14歳 - 15歳だから、まさにその撮影時期は、彼(女)らの新たな命が誕生しようとしていた矢先と符合する。

 むろん、そんな事実を子供たちが知るはずもなく、緑地のグラウンドに弾む無邪気な歓声を聞きながら、独り「時の流れ」を想った。

 往路はひたすら前を睨みつけての「苦行」であったが、復路は下り坂で周囲の景色を眺める「余裕」も若干出てきた。

 その視線の先に飛び込んできたのが、黄色く色付き始めた、沿道の銀杏の幼木。中に一本だけ「梅干」のような実を成らせている木があった。

 はて、何だろう。焼鳥屋で出てくるギンナンとは、大きさも形状も全く違うぞ。ひょっとして「珍種」の大発見…。

 数日後、ワクワク、ドキドキしながら生物に詳しい社員に現物を見せたら、「その中にギンナンが入っていますよ」と、実にあっさりと否定された。

 出下から西町を通り抜けて宇土に入る道すがら、重たく頭を垂れた稲穂が秋風に揺れていた。さらに進むと宇土出口の水源。

 勢い良く流れる湧水にタオルを浸し、首筋の汗を拭った。ゴールは公民館駐車場。生徒の代表が「この達成感を今後の勉学に!!」と決意表明。そうだ、みんなガンバレよ。

 心地よい疲れは、体重3キロ減の「朗報」を運んできたのだが、すぐに「食欲の秋」の反撃が始まった。