2007/08/15

足らんたーバーカ!? - 精霊流しは島原最大の祭り -

 島原のお盆の風景がとっても気に入っている。13日に「迎え火」を焚き、14日、15日と家族総出で菩提寺に参る。フィナーレの「精霊流し」の風情は、とても長崎のそれが及ぶものではない。

 夕暮れ時を待ちかねるかのように銘々の「提灯立て」を運ぶ様は、恐らく島原独特のものだろう。初盆の家(→精霊船)に飾られる「切子」の味わいはまた格別だ。

 断じて言うが、「精霊流しこそ、城下町しまばら最大の祭り」である。昔は〃練り〃によって家々の瓦に被害が出ようとも、誰も文句を言うものはいなかった、という。

 それは御霊(祖先)に対する畏敬の念であり、藩政時代より連綿と息づく島原人の心意気だ。カッコ付けて観光化する必要などない。ひたすら集い、ひたすら練れば良いのである。

 結果として、観光客(見物人)が増えるとすれば、それはそれで結構なこと。ただ、その存在を広く世の中に知らしめることは大事である。関係者のさらなる奮起を望む。

 「お客さんは綺麗な所、楽しそうな雰囲気を求めてやって来るものだ」 - 。日々の朝礼で、口すっぱく語っている。

 事実、そうだと思う。自分から進んで、汚い、或いは面白くもないような場所を目指す輩は、よほどの風変わりに違いない。

 出来れば、自宅も、会社も、そして女性も「綺麗」であるに越したことはない。ここで言う「綺麗」とは「華美」を意味しない。素材の魅力を十分に引き出した美しさのことである。

 言わば、素材そのものが持つ「属性」だ。ところが、口で言うのは簡単だが、いざ実行となると、なかなかに難しい。

 人は常に自分にないものを求めたがる性質を持っている。「蓼食う虫も好き好き」という諺があるが、帰省したカップルの中に「よくもまあ…」といった俄かには信じ難い「美醜の組み合わせ」を見かける。

 決して、悪いことではない。ただ単純に驚くだけである。逆を言えば、誰だってチャンスがある、ということだ。

 閑話休題。島原は本当に「素材の魅力」を活かした街づくりをしているだろうか。歴史、湧水、温泉、海山の幸…。それぞれの分野でガンバッテはいるのだろうが、まだまだ足りない。

 花森安治によれば、「足りぬ、足りぬは工夫が足りぬ」だ。「足らんたーバーカ」とは有明町のIさんの口癖だが、知恵も熱意も足りないのが現実だ。ここらで一つ「盆」を区切りに、もっとみんなで自覚しましょうや。

 島原の持つ「素材の魅力」を細部にわたって検証し、もっと帰省客に胸が晴れるような街づくりに励もうではありませんか。

 何だが今日は、生徒会の役員のような口ぶりになってしまいましたなあ。申し訳ございません。