2007/11/18

近々注目のメディアに!! - 日本災害情報学会で一本締め -

日本災害情報学会の会員になった。以前から知人に誘われていたが、分をわきまえたつもりで、加入は見送っていた。

しかし、アジアで初の「火山都市国際会議」が島原で開かれるのを機に、思い切った。ケーブルテレビに加え、コミュニティFMを始めたことも大きい。

もちろん、同学会の島原での開催(第9回)は初めてのことだ。これまでは地方開催とは言っても、政令指定都市に限られていたというから、吉岡市長ならずとも「名誉なことだ」と思う。

受け入れに汗を流したのは、高橋和雄・長崎大学教授(大会実行委員長)をはじめ木村拓郎・社会安全研究所々長、槌田禎子さん(KTN報道部)など、前々から島原とも馴染みの深い面々だ。

他の会議との掛け持ちで、研究会そのものには長く在席できなかったが、その分、夜の懇親会で張り切った(?)。

見回してみると、随分と偉い先生方である。名だたる有名大学の「名誉教授や「教授」などといった胸のネームカードが誇らしげである。

だが、よくよく考えてみると〃飲み友達〃だった廣井脩さん(昨年4月没)だって「東大教授」だった。「一杯入れば、皆同じ」。いつもの悪い癖で〃友達症候群〃に罹患してしまった。

懐かしい顔ぶれもおられた。普賢岳の災害当時、色々と教えていただいた元NHK解説員の藤吉洋一郎さんは、大妻女子大の教授になられていた。

藤吉さん(大牟田出身)とは、「島原生き残りと復興対策協議会」の会長として活躍した故・高橋三徳さん(呉服の丸三)の話で盛り上がった。

学生時代にアルバイトをしていたTBSからは、当時カメラマンとして活躍していた天野教義さんが出席していた。名刺をいただくと、総務部担当局次長。モスクワやワシントン特派員だった田近東吾さんが島原出身であることを伝えた。

余りに多くの人々と名刺交換をしたために、誰が誰だか分からなくなっていたところに、大会事務局から「高橋先生の後に、地元を代表して一本締めをせよ」との命。

一瞬、迷いもあったが、今でも尊敬して止まない故・植木等さんのノリで「わっかりやーしたぁー」と引き受けた。

でも、相手は名だたる研究者&企業の幹部揃いである。何を喋ったものかと頭が混乱したが、司会の文化放送防災キャスター、高橋民夫さんが実に上手くリードしてくれた。

「つい先日、11月11日に生まれたばかりのCFMです。本籍は島原新聞社。番地は1111番地。近いうちに、日本でも注目されるメディアになることでしょう」。

満堂の拍手を受けて良い気分で帰宅したが、お隣りのPTA研修会場にいたはずの家人のご帰還は、拙者より随分と遅かった。