ジャガイモの世界史 - 歴史を動かした〃貧者のパン〃 -
「右手に見えますのがジャガイモ畑。そして左手に広がるのが馬鈴薯畑でございまーす」。そんな他愛もないギャクをかませていたバスガイドのことを思い出した。でもって、今日は「ジャガイモ」の話。
中公新社から出ている『ジャガイモの世界史』は何とも面白い、読み応えのある一冊だ。著者は元中日新聞の記者で、桜美林大学教授の伊藤章治さん。
サラダやカレーライスの材料として欠かせない〃身近な野菜〃であるジャガイモ。学術書はともかくとして、その存在価値をここまで掘り下げ、かつ分かりやすく解説した本がかつてあっただろうか。
著者はジャガイモのことを「歴史を動かした『貧者のパン』」と称し、同書のサブタイトルとしている。帯のコピーは「小さなイモの大きなドラマ」。
ジャガイモの原産地が南米のペルーであることは周知の事実だが、話はいきなりそこへは向かわない。前書きは1991年の旧ソ連・保守派によるクーデタ計画の失敗談だ。
歴史の表舞台は取りも直さず人間そのものだが、著者は「ジャガイモこそが『隠れた主役』『影の実力者』だった…」と説く。
第1章のタイトルは「オホーツク海のジャガイモ」。我が国企業公害史の原点とも言える「足尾鉱毒事件」(明治23)で、古里の地を追われた栃木県の罹災者が、北海道佐呂間へ集団で入植して以降の涙ぐましい苦労話だ。
第2章に入って初めてそのルーツに触れる。先にも記したようにペルーは「発祥の地」である。〃聖地〃とも言うべきその場所は富士山の山頂より高いティティカカ湖周辺。
標高3800メートル超。陸地の部分だけでなく「トトラ」と呼ばれる葦でできた〃浮島〃でも栽培されている、というから驚きだ。写真を見ると、形はとてもいびつで、紫や茶、黄…など色もとりどり。
この原産種の祖先の一部が厖(ぼう)大な量の財宝とともに、インカ帝国を亡ぼしたスペイン人の征服者の手によって、16世紀中頃にヨーロッパ大陸へと運ばれる。
その後は、革命や飢きん、産業革命など様々な歴史の洗礼を受け、アイルランドやフランス、ドイツ、ロシア、アメリカ…と世界中へ広まっていく。
国内の栽培事情について触れている点も興味深い。その中の一つに「愛野馬鈴薯支場」を紹介した章立てがある。ここで登場しているのが支場長として長年〃品種改良〃に取り組んでいる小村国則さん(有家町出身)だ。
本当にまだまだ語り足りないが、いずれにしても我々庶民の食卓が、時空を超えた世界へと通じていることが判明したのは、大きな〃収穫〃だった。
ジャガイモの話ついでに、「インカ・マヤ・アステカ展」が今月25日から福岡市博物館で始まった。6月8日まで。
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