2009/01/14

『菜根譚』は人生の書…滑稽だよ!!「郷原」のあなた

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

明けて初めての本欄執筆に、いささかの「戸惑い」を感じている。暮れから新年にかけての宴席などで、多くの励ましと同時に、ごく一部だが批判的なご意見も拝聴したからだ。

「要らぬお世話」と言ってしまえばそれまでだが、拙文にも拘らず目を通して下さっていることを考えれば、そう木で鼻をくくったような態度をとる訳にもいかない。

ところが世の中には、こうした心遣いは「無用の長物」とばかりに、立場に任せて「言いたい放題!!」のような態度で溜飲を下げている人物もいる。敢えて、誰とは言わない。

眉間にシワを寄せ、世の不幸を一身に背負ったような表情で、しつこく他を悪し様に言う。本人は「正義の味方」のつもりだろうが、その姿は滑稽である。

その際、自慢げに使われているのが、古今東西に伝わる格言や箴言。たまたま本紙上で、森本元成さん(元会議所会頭)が気に入って書き留めていた「珠玉の言葉」の特集が始まったが、その出典の一つに『菜根譚』があった。

「菜根」(さいこん)とは「粗末な食事」のこと。「譚」(たん)は「談」と同じ意味だという。中国文学者の守屋洋さんによれば、作者の洪応明(字・自誠)は17世紀初め、中国・明代末期の人。

その解説に従うと、この本は不思議な魅力をもった「人生の書」。一言でいえば「儒教」「道教」「仏教」の教えを糾合した「知恵の宝庫」である。

守屋さんは《人生はくよくよしないほうがいい》とのサブタイトルを付けて、精選・新釈版としてPHP研究所から出版している。1100円。

同書は人生のあらゆる局面を想定した章立で、読むほどに味わい深い。守屋さん自身も二度、三度と読み直しているそうだ。

小生も昨祝日(成人の日)は、お墓参りの後は特段することがなかったので、はまって読んでみた。とは言っても、原文の漢文や読み下し文は難しいので、解説欄を中心に…。

すると確かに、思わず膝を叩きたくなるようなことが書いてあるのだ。ただし、実践するとなれば、そうそう簡単には事は運ばないもの。でも、繰り返し脳裏に刻み込むことによって、少しは利口になれるかも知れない。

別な言い方をすれば、これこそが「言葉の力」ということになろうが、気になる一節に出くわした。それは「決断」の重要性について触れている第4章の冒頭の部分。

「郷原」(きょうげん)。論語では、一見誠実そうに見えるが中身は俗物。世俗に迎合するそんな偽善者のことを、そう呼ぶのだそうだ。つまりは、似て非なる者(エピゴーネン)のこと。

ここで大事なのは、自分自身がそういう状態に陥らないこと。脳味噌の緩みきった「論語読み」ほど始末の悪い者はないのだから!!