2009/07/18

もっと「緑陰」の場を!!…深みのない島原の街づくり

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

それにしても、昨夜友人と行ったスナックは暑苦しかった。それもそのはず、備え付けのエアコンが〃経年劣化〃のため作動をボイコット。ただ、酒の力は恐ろしい。そんな〃蒸し風呂〃のような所でも、時間の経過をさして感じさせないのだから。

一転、今朝の目覚めは爽やかだった。季節はずれの〃薫風〃を全身で受け止めながら、今年初めての〃蝉時雨〃にひたった。梅雨明け宣言は少し遅れているようだが、風景はもうすっかり夏の装いである。

〈夏がくーれば思い出す♪〉という〈遥かな尾瀬〉にはまだ行ったことがないが、「川のせせらぎ」と「緑陰」はこの季節最大の心のオアシスである。

ところが残念なことに、島原は「水と緑の城下街」という謳い文句を吹聴しながらも、実態は何とも暑苦しい街である。名水百選!!1日当たり23万トンという豊富な地下水の湧出量を誇りながら、木陰で涼を求める場所が余りにも少な過ぎるような気がする。

個人的な思い込みかも知れないと、これまでは口にするのをためらっていたのだが、「いや、実は自分もそう感じていた」という〃同志〃の出現に意を強くしている。

もちろん、筆者は植栽の専門家ではない。ただ感じるところを率直に言えば、島原市における街づくりの最大の特徴は、ケヤキやイチョウなどの落葉の「高木類」を率先して植えたがらないこと。理由について役所に尋ねたことなどないが、論より証拠。主要な通りを巡ってみれば、その〃事実〃は明らかである。

結果、街全体に深みがない。何年経っても、同じ風景。久方ぶりに訪ねたとしても、「歳月の重み」を感じさせるような、都市計画上の〃深慮遠謀〃ぶりがまるで窺がえない。今ごろ気付いてももう遅いのだろうが、間違いは早目に改めた方が良い、と思う。

大正12年の関東大震災の折に、帝都・東京の火災の拡大を防いだのは「銀杏並木」だった、と何かの本に書いてあった。今でも晩秋のシーズンに霞ヶ関や神宮外苑界隈を訪ねれば、そうした〃効用〃とは別に、何かしら〃詩心〃がくすぐられる。これが都市の深みである。

福岡の「ケヤキ通り」だって見事だし、仙台や熊本は言わずと知れた「杜(もり)の都」である。「何もそんな他所の街の真似なんかしなくても…」というご意見もあろうが、どこに住んでいようが、人間の五感にさほど違いはあるまい。良いものは良い、のである。

またぞろ、1日4万トンの清冽な水が湧き出ている白土湖に、雑藻類(?)が登場してきた。湖面全体を覆ってしまってからの除去作業の大変さを想えば、今のうちに早目に手を打つべきだ、と思う。

その方が予算の節約にもつながるし、賢明である。「水まつり」の主催者であるJCの皆さんのご見解も伺いたいところだ。