2010/07/02

死は人間教育の原点…透けて見えてくる〃人間模様〃

先月26日に祖母が他界したため、本欄もしばらくお休みさせていただいていた。まだ「忌明け」ではないが、今日が「初七日」。そろそろ復帰せねば!

生まれて初めて「葬儀」なるものを取り仕切ってみて、驚くことが沢山あった。と言うより、知らないことばかりだった。

まずもって「死」というものの定義付けである。デカルト風に考えれば、「脳死」そのものが「死」に他ならないが、では「魂」の行方は何処に?

病室で末期を看取った後でも、しばらくの間は心臓は動きを止めず、心電図の波長がほぼ一直線になった時点で「臨終」を告げられた。

その後は、悲しみにくれる間もなく遺体を自宅に運んで「仮通夜」「通夜」の準備作業。連絡先に落ち度はないか、紙に落として確認を取った後でもなお残る不安…。

そのうちに葬儀社のスタッフが現れ、あれこれと資料を見せられながら、択一方式で「葬儀の流れ」が決まっていく。当方はまだ生身の体だから、腹も空いてくる。

頃合を見計らってコンビニでサンドイッチやオニギリの買出しを済ませ、それを頬張りながら「遺影」の写真を探す。普段からそれ用の写真を撮影している人ならいざ知らず、これがなかなかの厄介者である。

埃のかぶったアルバム類をひっくり返しながら適宜「候補作」を物色していくのだが、懐かしさにかまけて、ついつい見入ってしまうことも。

そうこうしているうちに棺桶が届き、遺体を安置。映画『おくりびと』の世界そのままに、綺麗に「死化粧」を施してもらったその寝顔は、驚くほど安らかだった。

どこでどう聞きつけてこられたのか、早くも弔問のお客様がお見えになる。親身になって故人とのつながりをしみじみと話して下さる。悲しみは倍加するが、遺族としては有難いお心遣いである。

通夜会場では、町内会の世話人の方々や会社の関係者が受付業務に追われていた。遠くの親戚より近くの他人とは、まさにこのことか!

定刻きっかりに、菩提寺住職の「読経」が始まる。いつになく耳を澄ませつつ、神妙な心持ちで「南無阿弥陀仏」を唱える。故人との思い出が浮かび、また消えていく。

通夜の「目覚まし」と並んで島原独特の風習である「葬儀前火葬」の現場で小さくなった遺骨を拾う。年端もいかない義妹の子供たちが不思議そうな表情を浮かべている。

個人的な思いだが、これぞ「人間教育の原点」であろう。すなわち「生あるものは死す」と。

昨日までにほぼ、頂いた「目覚まし」と「香典」のデータ整理を終えた。おやっ?と思う人。或いは、来るはずべき人の記帳の不在…。娑婆での人間模様の一幕が透けて見えてくる。