サヨナラ、つかさん!…偉大なる才能の喪失を惜しむ
葬儀の後処理に初盆(精霊船)の準備…。何やかやと〃雑事〃に追われているうちに、劇作家「つかこうへい」さん関連の訃報が各紙一斉に報じられている。享年62歳。
恥ずかしながら、14日付の『天声人語』(朝日)を読んで初めて、その名の由来が分かった。在日韓国人2世の立場から「いつか公平な世の中に」という、切なる願いが込められたものなのだ、という。
個人的には何の面識もないが、東京での学生時代に、つかさんが原作を手がけた『熱海殺人事件』の舞台興行をおこなったことがある。
演じた役柄はこともあろうに、主役級の「大山金太郎」(マヌケな犯人)。いま振り返ってみれば、何とも大それたチャレンジだったわけだが、良き青春の思い出でもある。
当時、まだ脳細胞が老化していなかったせいか、「セリフ覚え」だけは抜群だった。そのため、稽古場でシドロモドロしている共演者を見ると、無性に腹が立ったものだ。
演出はやたらと威張りたがるMという男。何でも福井を代表する進学校の出身とかで、不思議なほど「東大落ち」を自慢していた。しかしまぁー、そのお蔭と言っては何だが、東大や慶應の芝居好きの面々と楽しくやれたのも事実だ。
一番印象に残っているのは、東大教養部のある「駒場寮」での合宿。筆舌に尽くし難いほど、汚いジメジメとした劣悪な住環境だったが、キャンパスを歩いているうちに「自分も東大生!?」のような気分も味わうことができた。
本番は池袋駅からほど近い椎名町の雑居ビルの一角で迎えた。客の入りは上々。万事〃お調子者〃である性格が幸いして、巧くやり通すことができた。
後日、別のプロ劇団から誘いの声がかかったのも事実だが、共演の女優さんが余り魅力的でなかった(ブス!)という印象が強く、丁寧にお断りした。
もし、あのまま演劇の道を歩いていたとすれば、今頃は相当な「役者」になれていたはずだが、人生に「イフ」はないし、熾烈な芸能の世界がそんなに甘いはずもない!
他のつか作品で言うと、映画『蒲田行進曲』が忘れられない。田舎モンにしか分からない「虚栄心」その裏に潜む「弱さ」「悲しさ」等々が随所に散りばめられていて、涙を流しながら笑いころげた。
確か、つかさんの奥さんとなったのは女優の熊谷真実さんで、農協のヨーロッパ旅行の一団を引率していた時に、飛行機の中でお見かけしたことがある。
その時、勇気をふりしぼって声を掛けようとした記憶があるが、お客さんの対応に追われてついその機会を逸してしまった。
往時茫々 - 。歳月は川のように流れ、先の行方も知れない。同時代のほんの〃一瞬〃を共有した偉大なる才能の喪失を惜しみつつ、ご冥福を祈る。
0 Comments:
コメントを投稿
<< Home