2010/10/13

俺って写真の天才?…ノン!単なる「早とちり」だよ

仕事柄、写真を撮る機会も多いが、最近はもっぱらデジカメを使っている。最初に購入したのはもう10年、いや15年以上も前のこと。白黒画像しか撮れなかったが、10万円は下らなかった、と記憶している。

それが今やどうだろう?携帯電話に付いているカメラでも、カラーはおろか、動画の撮影だって十分に可能だ。恐るべし、技術革新の波!

実は、最近の楽しみの1つは早起きして「日の出」の様子を動画で収録すること。特段、使用目的があるわけでもないので、いたって気楽なもんだ。

撮影場所は長浜海岸の「スクイ」のあたり。周囲には現場の地勢に詳しい熱心なスチールカメラマンの方もおられるので、邪魔にならないことを先ず心掛けている。

何より散歩のついでの手慰み。三脚なんか当然持って来ていないし、本当にその手法たるやザッとしたものである。

ただ、さすがに「手持ち」では限界があるので、コンクリート護岸の上にカメラをそっと置いて構えるのだが、これがなかなか思うにまかせない。いわゆる「構図」の問題だ。

安定度を重視する余り、手前の方に置き過ぎれば「絵」そのものが台無しになるし、かと言って先っぽの斜めになったテトラポッド上では覚束ないし…。数日前などは準備の途中で、危うく転倒しそうになった。

撮影に要する時間は毎回10分強。日の出とともに妖しく変化する雲間の色合いは、この世のものとは思えないほどの美しさだ。

最近は撮影の途中で近くに棲みついている野良猫がにじり寄ってくるようになったが、デジカメ以外には「脂肪を燃やすお茶」しか持参していないので、対応のしようもない。

ひとしきり日の出の撮影を終えたら、再び歩き始める。そして路傍の草花を撮影する―。

10日ほど前に撮ったヒガンバナの写真は、自分で言うのも何だが、かなりの傑作だと思う。その日は一捻りして、花弁に焦点を絞って、真上からファインダーを覗いた。

すると、柔らかな日差しの朝焼けの効用と相俟って、得も言えぬ色合いの「幾何学文様」が浮かび上がってきたのだ。

調子に乗って、昨日の休日(11日)の話をすれば、諫早・白木峰高原で収めたコスモスの1枚は、雲や空を絡めた斬新な構図!コンクールに出したいほど大いに気に入っている。

ただ、コスモスの意味は、ギリシャ語で言うところの「宇宙」。太陽も海も空も花も…すべては壮大な「宇宙の営み」の一環なのである。かくして、己の卑小さを再び痛感した次第。

で、最後は「反省」ついでに「訂正」を1つ。前号で池田「隼人」とあるのは、筆者の「早とちり」で、「勇人」の誤りでした。新町のT先生、ご指摘、有難うございました。