2010/11/30

「平成新山」に登る④…アイツの電話はここからか!?

こけつまろびつ、全体力と注意力を振り絞ってよじ登ること約30分。ほぼ最後尾で「ベースキャンプ」と思しき平原(一面「賽(さい)ノ(の)河原(かわら)」)にたどり着いた。先発隊に指示を仰ぐと、ここで昼食だという。

適当な岩場を探し出して、倒れこむように座り込んだ。時計を見るとまだ正午前だったが、とにかく何か腹に入れておかねば、とリュックを広げた。

昼食はおにぎり1個とサンドイッチ1切れ。水で流し込んだ。真向かいでは、長崎新聞の松本記者が実に美味そうに一服。特段、羨ましくも感じなかったので、いよいよ筆者の「禁煙」も本物だ!

休憩時間中に汗をかいた下着を取り替えながら、災害時に聞いた、とある「エピソード」を思い出していた。まだ溶岩ドームが出現して間もない頃の話だ。

厳しい警備の眼をかいくぐって山頂を極めた「或る男」がいた。仮にその名を「A君」としよう。

夜―。A君は赤々と燃えたぎる溶岩ドーム(地割れ)のすぐ脇に佇み、満天の星空を眺めていた。

この世のものとは思えない美しさに陶然となった彼は、後先を忘れて、某研究者のもとに、時おり聞こえる「地響き」の原因について、携帯電話で尋ねてしまったのだ、という。

最初のうちは丁寧に受け答えしてくれていた研究者の方から、今度は逆質問が寄せられた。「ところで君、どこにいるの?」「エッ、僕ですか、今ドームの上です!」。当たり前だろうが、すぐに電話は切られた、という。

いやはや、世の中には「無鉄砲」というか、肝のすわった御仁もいるもんだと改めて感心しながら、再び重い腰を上げ、今回登山の最高峰「火山岩尖(かざんがんせん)」(スパイン)を目指す。

この日、麓の天候は比較的穏やかだったが、山頂付近は熱いキノコ状の雲で覆われていた。つまるところ、ドーム付近は「荒天だった」のである。

決してオーバーでなく、もう立っているのが「やっと」というくらい風が強かった。初心者の筆者が面食らうのも無理からぬ悪条件だった。

それでも「男の意地で登り通せて良かった」と思えるほど、頂上の景色は素晴らしかった。時おり暖かい大気が流れてくると思ったら、この日の噴気温度は146度。

松島准教授らの説明によれば、一時期は800度ほどあったというから、全体としては冷却傾向にあり、火山活動自体は安定しているそうだ。

それでも崩落の危険性は相変わらずで、登山の度ごとに周辺の様相は変化を遂げている、という。

時間にして30分もその場にはいなかったと思うが、個人的にはとても「良い思い出&貴重な経験」になった。年齢がほど近い橋口振興局長の勧めで「お尻の岩盤欲」も楽しんできた。