2011/01/15

センター試験始まる…高峰秀子さんの完璧人生

今年もいよいよ「大学入試センター試験」(15日~16日)が始まる。我が家の末子(ばっし)(三男坊)も今朝ほど緊張した面持ちで出かけていったが、そうまで心配するには及ばない。

あるがままの自分を出して、結果認められないのなら、再び、三度(みたび)…やり直せばよい。何も大学に行くだけが人生の最終目的でもないはず。とにかく、「人間万事塞翁が馬」なのだ。みんなノビノビと頑張れ!

ところで、やや時間が経ち過ぎて恐縮だが、女優の高峰秀子さん死去(先月28日)のニュースは大ショックだった。と言うのも、たまたまその1週間ほど前に、『高峰秀子の流儀』(新潮社)という新刊本を買ったばかりだったから。

作者は斉藤明美さんという津田塾出の女性記者。1956年(昭和31年)生まれというから、筆者(私のこと。ややこしいなぁ…)とほぼ同世代だ。

なぜ「センター試験」の後唐突に高峰秀子さんの話を持ち出したかについて少し説明すると、高峰さんはおよそ「学校教育」というものを受けていないにも関わらず、不世出の大女優であると同時に、すぐれた文章家でもあったからだ。

本の表紙を飾っているのは、晩年の着物姿。目鼻立ちの美しさより、全体から滲み出ている「気品」に何より心魅かれる。もう文句の付けようのない「知性派女優」がそこに立っているのだ。

高峰さんは北海道函館生まれで、わずか5歳でデビュー(昭和4年)。引退時の年齢が55歳だったというから、かっきり半世紀間の銀幕スター生活であった。

女優・高峰秀子がいかにスゴカッタかについては、出演本数「三百」という数字だけ見ても驚嘆に値する。単純に計算しても、年に6本平均。もちろん、『二十四の瞳』や『喜びも悲しみも幾歳月』をはじめほとんどの国民が涙して鑑賞した名作も数知れない。

本を読んで初めて知ったことばかりだが、高峰さんは幼少のみぎりより家庭的に恵まれた人ではなく、年端もいかない頃から親戚十数人の生活を支えるため、「映画という特殊な世界で働かされ続けてきたのだ」という。

しかし、筆者が何よりスゴイと思ったのは、学校なんかに行かなくても独学で素晴らしい教養を身に付け、結婚その他でもいかんなく「自我」も発揮。その「凛とした生き方」は、まったくもって小気味良い。

我々の仲間内でよく使われる冗談に、こういうのがある。「やっときゃやっと。やらんこつが多かバッテンか」―。

巧く言えないが、高峰さんの場合は、ご自身が良いと思われた事柄については、「全部、素晴らしい手際で片付けていかれた」ようだ。もう完璧!!

受験生諸君、高峰さんの生き様を見よ。きっと勇気が湧いてくるぞ!