我々に出来ること…東北の被災者のために
手元に少し古びて黄色くなった絵はがきセットがある。発行者は岩手県釜石市と同市の観光協会。もう10年以上も前、現地を訪れた際に購入したものだ。敢えて申すまでもなく、同市は今次の地震・津波災害で甚大な被害を受けた、陸中海岸国立公園内にある港町の1つだ。
その存在を有名ならしめたのは、近くは松尾雄治氏率いる新日鉄釜石(社会人ラグビー)であり、いま少し時代を遡れば、『反骨』(鎌田慧著)の市長、鈴木東民(1895~1979)ということになろう。
筆者が訪ねたのは凍てつくばかりの真冬であった。太平洋沿岸域に位置している関係で、積雪の量自体は少なかったが、夜間の冷え込みが異常に厳しかったことを、今でも鮮明に覚えている。
出張の目的は、日立系メーカーの指導のもとに、新日鉄釜石病院と地元のケーブルテレビ会社で運営されていた「在宅介護医療前線」の視察だった。
確か、その頃の岩手県知事は若手改革派の旗手の一人として知られていた増田寛也さん(建設省出身・後に総務大臣)で、ちょうどその年に「全国豊かな海づくり大会」が開かれていたはずだ。
前置きが長くなってしまったが、その釜石市を含む東北地方(東日本)一帯が未曾有の自然災害に見舞われている。遠く離れた九州の地でその被害状況を知らせるニュースを見聞きする度に、本当に胸がふさがれる思いだ。
「たまたま」であるが、3月11日の「その日」の朝、筆者が開いていたのは「天災は忘れた頃に来る」という警句で知られる、寺田寅彦博士(1878~1935)の随筆集(筑摩書房)であった。
さすがに漱石門下の一人であって、その文章は読むほどに味わい深く、巻頭に収められている『団(どん)栗(ぐり)』に遭遇した途端、その魅力にハマってしまった。
一流の科学者にして、その研ぎ澄まされた感性、そして人へ思いやり…。最終章を飾っている『天災と国防』に至っては、社会風刺の側面もいかんなく盛り込まれており、改めてその慧眼のほどに脱帽する。
アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)の時もそうだったが、余りにも「リアリティ」があり過ぎて、逆に津波の実態が「現実のもの」とは思えなかった。恐らく、読者の皆さんの多くもそう感じられたのでは…。
その後に連綿と繰り広げられた、数々のショッキングなシーンを目の当たりにしながら、「よもや?」「まさか?」の念を抱いた人もきっと多かったはずだ。ただ、残念ながら、それらは紛うことなき「現実」だったのである。
発生から数日が経ち、自分たちの身の回りで繰り広げられている平穏無事な暮らしぶりを反芻してみて、「同じ日本人としてこれでいいのだろうか…」との思い(自責の念)が日に日に強まっているのも事実だ。
思い起こせば、今から20年ほど前、「カボチャテレビ」が呱呱(ここ)の声をあげようとしていた矢先に指導を受けたのは、「キャベツ」という愛称を持つ仙台市内のCATV局だった。
また、仙台・伊達藩と島原・松平藩との深い縁(えにし)についても、元島原市教育長の野村義文先生が本紙々上等にも確たる記録を残して下さっている。
最終的な犠牲者の数や施設等の被害規模がどれくらいになるのかについては、現時点ではまったく予想だにつかないが、離れていても当面出来ることは「義援金」や「救援物資」等の後方支援であることは誰の目にも明らかだ。
その点、本県の各自治体ともそれぞれに素早い対応を心掛けておられるようで実に頼もしい限りではある。ただ、同じ「自然災害」の被災地(経験者)として近い将来に出来ることについても、今から考えて準備をしておく必要もあろう。
報道によれば、避難住民の総数は50万人とも60万人とも言われている。テレビや新聞等の報道を見る限り、被災地が元の居住環境を取り戻すにはまだまだかなりの年数を要することは想像に難くない。
昨日お会いした、とある識者がしきりと力説されていた話が妙に耳にこびりついたまま残っている。それは、こうした内容だ。
<幸か不幸か、島原半島には「遊休農地」や「空き住宅」がそこかしこに点在している。決して無理強いするような性格の話ではないが、もし今回の被災者の方々が再起を期す上で利活用してもらえるようであれば、積極的に「一時移住の呼び掛け」を行ってもよいのではなかろうか…〉
奇しくも、被災翌日(12日)、北は青森から南は鹿児島まで、「新幹線」という大きな動脈で本州と九州がつながった。これは我が国の国土形成を考える上でも極めて意義深いことであり、同時に、国民同士を固く結びつける社会的・精神的な「紐帯(ちゅうたい)」のようなものでもあろう。
御年92歳になられる清水トシエ先生が、12日に開かれた「島原半島文化賞」の受賞式の席上でおっしゃっていた言葉が何とも印象深い―「ひょっとしたら、今回の災害は自然界(神様)が我々人間の智慧(団結力)を試されているのかも知れない…」と。
後出しジャンケンの挙げ句に、「天罰だ」と切り捨てられた石原都知事発言の真意については計りかねるものがあるが、清水先生のご指摘にはいちいち納得がゆく。
人知の及ばぬ未曾有の自然災害の体験者、同じ日本人、そして地球市民として、「被災地復興」のために何が出来るかをしっかりわきまえ、行動に移していきたいものだ。
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