2011/03/25

桜開花宣言の陰で…夜半に嵐の吹かぬものかは

東日本巨大地震から早くも2週間が過ぎた。死者・不明者の数は今も刻々と増え続けており、各種報道記事を併せ読むと、まだまだ事態は悪化の一途をたどりそうな気配だ。

そんな中、本県を含む西日本地域一帯では数日前から桜の開花宣言が続いている。言われてみると確かに、我が事務所前の老木を見ても花芽が次々と膨らんできているのがわかる。

〃先日〃と言っても、もうかれこれ3週間くらい前の話になるが、とある東京在住の方より〃みちのく初桜〃と称する啓翁桜の束が送られてきた。

ソメイヨシノより一足早く開花するという点では、南国各地でよく見かける緋寒桜と同じだが、さすがに北国育ち!万事〃控え目〃な装いで、却って心魅かれるものがある。

皮肉なことに、その小ぶりな薄紅色の花々は震災直後あたりから徐々に蕾をほどき始め、今もけなげに我が家の玄関先を飾ってくれている。

調べてみると、品種を改良して世に送り出したのは福岡県久留米市の良永啓太郎さん。昭和5年のことだそうで、名前の一部を取ってそう命名されたのだ、という。

現在の主たる産地は、被災地とは背中合わせの位置関係にある山形県。もちろん物言うこともないが、大震災から免れたことをあたかも恥じ入るかのように、うつむきがちに見える。

古来、日本人は一見華やかでパッと散る桜花に、人の生き様や世の移ろいを重ね合わせて、多くの優れた和歌を詠んできた。すぐにも思い浮かべるのは西行法師作とされる次の一首。〈願はくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ〉

また、ことし七五〇回大遠忌を迎える浄土真宗の始祖、親鸞聖人の作品も忘れ難い。〈明日ありと 思ふ心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは〉

お二方の存命期間は今から八百年~九百年も前の昔。しかしながら、それから幾星霜が過ぎようとも、根本的には、人と自然の係わり方にさしたる「変化」は起きてないようだ。

踏み込んだ表現をするなら、いかに科学技術が発達した今日といえども、人は大自然の前では赤子も同然。まったくもって「無力」なのである。

聖人の御説を拝借するなら(夜半ではなく白昼の出来事だったが)、誰しも予期せぬ大地震が発生し、それに連なる大津波が「古里そのもの」を跡かたもなくかっさらっていった。

さらに憂うべきは、原発施設事故をめぐる政府並びに電力会社のもたつきぶり。これらが余計に事態を深刻化させている、と言っても過言ではない。

今回の地震が「千年に一度の規模」であったことはデータが裏付けている。ただ、迎え撃つ人間の側に「油断」があったことも忘れてはならない事実である。