2011/04/06

孫正義という日本人…被災者救済に100億円

恐らく「人物」を書かせたら、この方が〃当代一〃だろう。ノンフィクション作家の佐野眞一さんだ。

その佐野さんが最近取り上げたのがソフトバンクの孫正義社長。昨年11月から今年3月にかけて、計11回にわたって、週刊ポスト誌上に連載された。

題名の『あんぽん』は、孫さんの元々の苗字「安本(やすもと)」から引用したもの。その孫さん、今や色んな意味で〃時の人〃である。

直近では、東日本大震災の被災者救済のために、個人資産から百億円を寄付することを発表。ユニクロの柳井正さん(十億円)や楽天の三木谷浩史さん(十億円以上)らと比べてもその額は〃桁違い〃だ。

米誌フォーブス(2011年版)によれば、孫さんは世界の長者番付で113位。日本人では堂々のトップで、総資産は6千723億円だという。

筆者は何もそうした金持ちぶりを喧伝するつもりなどない。むしろ「在日」というハンディをものともせず、徒手空拳の身から今日の地位を築き上げた「人物像」にこそ興味がある。佐野さんの取材も、そこに〃焦点〃が当てられている。

孫さんは昭和32年、佐賀県鳥栖市で生まれた。その後、父の仕事の関係で北九州、福岡などと転校を重ね、高校は名門進学校の久留米大附設へと進んだ。

ただし、そこから先が並みの〃秀才君〃とは違う。2年時に早々と見切りを付け中途退学。単身、米国に渡って「カリフォルニア大学バークレー校」(UCLA経済学部)で学んだ。

余談だが、医者の娘だった夫人とはその頃に知り合い、後に「安本」から「孫」への改名と併せて、日本への帰化も果たす。

若くしてその名を一躍有名ならしめたのは、「シャープ」に売り込んだ自動翻訳機。そこで得た1億円の資金が今日のソフトバンク社の〃出発点〃だと言われている。

ただし、実業家としてのスタートは順風満帆と呼べるものではなかった。会社を立ち上げてすぐ慢性肝炎を患い、数年にわたって闘病生活を余儀なくされてしまうのだ。

そうした苦境の時代をどう乗り越えていったかについては、間もなく上梓されるであろう佐野さんの著作を読んでいただきたいが、とにかく、孫正義という人物は「バイタリティ」と「知恵」の権化であることだけは確かだ。

かつて、島原税務署の関係者から聞いた話がある。「新人の頃、鳥栖駅前の朝鮮人集落に行って〃密造酒〃の摘発をよくやらされたものですよ」と。まさにその地が、日本における孫さんの古里である。

佐野さんによれば、孫さんは日本人以上に日本人であることを強く意識している、という。だとすれば、ソフトバンクという会社は「ジャパニーズ・ドリーム」の〃金字塔〃と言っても過言ではないのかも知れない。