2011/05/17

明確な目的語を!!…「がんばれ!」の難しさ

県総合防災訓練が17日午前、安徳海岸埋立地であった。ほんの短い時間だったが、筆者も会場の片隅からこっそりと見学させていただいた。

よくこうした訓練を評して「本番さながら」といった表現がなされるが、誰しも知っている通り、「実際の災害」(本番)はそんなに甘いものではない。

では、なぜやるのか?「備えておけば、少しでも役に立つから」といった「願望」や「信念」に近い思いを皆が持っているからだろう。

的外れな例えかも知れないが、「ひとつ拾えば、ひとつだけ綺麗になる」といった鍵山秀三郎さんの「教え」にも通じるような気がしないでもない。

最初から「屁理屈」のようなことを書いて恐縮だが、何とも言っても「普賢岳噴火災害から20年」。そして記憶に新しい「東日本大震災から2カ月と1週間」という時節柄である。参加各位に力が入らないはずはない。

遠巻きにしながら一際目を引いたのは、この日のため急きょ造成された小高い「塚」のような壁面に張られたブルーシート。「がんばれ!東北」「がんばれ!日本」(長崎県)の文字を見ただけで胸が熱くなった。

最近は、長引く災害報道でネタに窮してきた一部記者諸氏が、被災者の心情を慮り過ぎる余りに、「『がんばれ!』とは怪しからん」などと言い始めているようだが、なら他に何と声を掛けたらいいのだろう?

豊富な人生経験から、酸いも甘いも噛み分けた瀬戸内寂聴さんや鎌田實さんあたりが仰るのなら納得もできるが、「正義感」や「正論」ばかりを振りかざされても、正直迷ってしまう。

かつて、ダイエーのカリスマ経営者であった中内功(正しくは工偏に刀)さんが営業店回りの際に、直立不動の姿勢で「がんばります!」と答える店長連中を激しく叱り飛ばしていた、という話を聞いたことがある。

店舗経営と被災生活を一緒くたにしてはいけないが、双方ともに大切なのは目的語の「何を」の存在だろう。ただ単に精神論にのみに立脚して「がんばります!」「がんばれ!」と連呼するだけでは虚し過ぎる、ということだ。

筆者自身「避難生活」の経験がないので自信を持って言えないが、「何を、いつまで耐え忍べばいいのか?」についての「具体的な指示(情報伝達)」が出されていないのが、現時点での最大の問題だろう。

そうした意味では、現政権のありようは?世論調査によれば、浜岡原発を休止した総理の政治判断は6割以上の賛同を集めているそうだが、その他の施策についてはどうか?

行政用語の中に「総理する」という表現があると聞いて驚いたことがあるが、どうかもっとその「官位」の名に相応しい、目配りの効いたリーダーシップをお示し下さい。がんばれ!菅総理?