2011/09/26

最高のコンサート!!…でも、もう『さらば青春』

「(長谷川等伯の)『松林図』を見る機会がなくても、身近な空を見上げるだけでも良い。空を行く雲を十分間眺めているだけでも、脳の中で発想の『カンブリア爆発』が起こる」(茂木健一郎・青春の翻訳法)

25日、島原復興アリーナ野外ステージで行われた「しまばら復興コンサート」会場の芝生の上に仰向けに寝転がって、しばし雲の動きを追った。すぐ目の前を赤トンボが行き交い、裸足で駆け回る幼い子どもたちの嬌声が聞こえる。

そんな平穏な感触を存分に味わいながら、普賢岳噴火災害20年の歳月を思いやった。災害当初、まだこの土地はなかった。言うまでもなく、ここは土石流災害がもたらした大量の岩石や土砂を使った埋立地(約26ヘクタール)の一角である。

2000年3月には、無謀にもこの地で主催者となって「全国モトクロス大会」を開いた。荒野であった。人海戦術で石ころを広い、何とか最低限の開催条件をクリアしたことを昨日のことのように覚えている。

そうか、あれからもう11年強が過ぎ去ったのか…。遥か視線の先では、我が青春期とほぼ軌を一にするアーティストの面々が懐かしい歌声を響かせている。でも、どうして『22才の別れ』(伊勢正三)の時に手拍子なんかするの?

最大のお目当ては、イルカの歌う『なごり雪』だった。昨年〃還暦〃を迎えたというかつての歌姫は軽妙な語りを交えながら、思い入れたっぷりに歌い上げた。良かった!最高だった!!

後は、泉谷しげるさん(怖いのでこう書く)の『春夏秋冬』を聴かねばと思っていたが、日もとっぷりと暮れていたので、後ろ髪を引かれる思いで愛車(島原半島一周をした自転車)に跨って家路についた。

こういうのを心理学用語で「シンクロニシティ」と言うのだろうか、たまたま数日前に読んだ新聞記事に『春夏秋冬』の誕生秘話が綴られていた。それによると、まだウブだった泉谷さんの背中を押したのは、フォーク界の大御所、加藤和彦さんだった、という。

ところで、この復興コンサートとは何の関係もないが、文芸春秋10月号に、中島みゆきさんの生い立ちを丹念に取材したレポートが掲載されている。詳しくは同誌を読んでいただきたいが、代表曲である『時代』は父の死をきっかけに作ったのだそうだ。筆者なんかてっきり失恋ソングとばかり思い込んでいたから、正直驚きであった。

そんな青春の残照に浸りながら自宅にたどり着いたら、母がテレビを観ていた。「あらっ、お帰り。アンタがコンサートに行っている間に土黒に行ってきたとよ。何でん安さが!」とニコニコ顔。

「ん、土黒?ひょっとして、そりゃユニクロじゃなか!」と言ったら、「そがんやったかにゃー」げな。やっぱもう『さらば青春』ばい。(※明日から出張のため3日ほど休みます)