2011/12/06

泉川先生の目指すもの…島原半島に多い〃結核予備軍〃

既報の通り、南高医師会会長の泉川欣一氏が本年度の「日本医師会最高優功賞」に輝いた。筆者も社長の名代で御祝いの席に出させていただいたが、この先生なかなかの〃政治家〃だ、と思った。

でないと、それぞれが一騎当千のツワモノ揃いである医師の集団を束ねることなど不可能であろう。ただし、政治的な駆け引きだけで今回のような権威ある賞が貰えるはずもない。きっと〃何か〃がある。はて、そのサムシングとは?

これまで滅多にお話を伺う機会もなかったが、随分と以前に一度だけじっくりと取材をさせていただいたことがある。確か地元仲間の同窓会か何かの話ではなかったか…。

今回の受賞理由が、長年にわたる「マイコプラズマ」に関する優れた研究成果であったことは言うまでもない。ただ一方で、地域医療への高い貢献度が認められたことも事実だ。

マイコプラズマ菌との最初の出会い(?)は今を遡ること40数年前。長崎大学医学部第2内科に在籍していた頃に、「君、これを研究しなさい!」と恩師の原耕平教授から命じられたことがきっかけだった、という。

本人としては「マイナーな感染症でもあるし、直ちに命に係わるほどの重篤性もない」ということで余り気乗りはしなかったが、「やる以上は、日本の医学界でも認められる存在になりたい!」との一心で米国にも渡った。

医学者としてのその〃存在〃が認められたのは、研究開始から約15年後。免疫機構の学会で座長を務めていた東大の教授が意見を求めてきた時、「初めて自分の学説に自信が持てた」と述懐する。

一方、地域医療との係わりは、昭和63年に父の跡を継いで現在地に泉川病院を開設してから。来賓の奥村雲仙市長も祝辞の中で述べていたが、組織を挙げて「学校医」や「特定健診」の普及活動にも力を注いでいる。

見落としてはならないのは、国見町神代の本田重久氏らと取り組んでいる循環器系疾患の勉強会。今日まですでに240回にも及んでいる、そうだ。

謝辞後半では、本県の結核罹患率が「全国ワースト2位」であることを明らかにする一方で、さらに島原半島においてその傾向が顕著である旨のショッキングな〃事実〃も公表した。

筆者が失礼をも省みず〃政治家〃云々の例え方をしたのは、返す刀で、来賓として列席している中村知事に向かって「地域医療再生計画の中で、患者の足の確保とともに是非前向きに対策のご検討を!」と要望を付したこと。

「来年72歳になるが、引退は無理か…」。悲願の「結核撲滅!」へ向けて、まだまだ戦いは続く。〔※訂正=昨報の中で「四半世紀近く」とあるのは「半世紀近く」の間違いでした〕