それでも元気を出して!…「コケコッコー」で叱られる
「一体なんね、あの目覚ましん音は?『コケコッコー、コケコッコー』って、朝っぱらから…。止め方もよう分からんけん、とうとう予定より早よ起こされてしもたとん。まったく、こんジーヤンが!」
〝真犯人〟は買ったばかりのスマートフォン(スマホ)。これまでのとはまったく機能が違うので、使い勝手が分からないまま昨夜、目覚ましをセットしていたのだ。
そのまま持ち出していたら問題はなかったのだが、忘れていたのでどうしようもなく、ひたすら「ゴメン、ゴメン…」と平謝りした次第。と、傍らにいた母が「してやったり!」の表情ですかさず〝二の矢〟を放ってきた。
「あんた(家人に向かって)もやられたんね。私も以前、大学病院に入院しとった時、相部屋の人から同じような被害にお~たとよ。そん時ゃとにかく、病院中〝大騒ぎ〟やったけん」
大学病院の一件は別として、家人に迷惑を掛けたことは揺るぎない事実だから素直に詫びるばかりだが、「コケコッコー」の目覚まし音自体は大いに「ケッコウ」ではないかと思う。
街中に住んでいると周辺に鶏など飼っていないだろうから、まずもって耳にする機会もなかろう。「やかましい!」と苦情を言う前に、古き良き時代の日本の〝原風景〟に想いを馳せながら起きられてはいかがだろう…?
さてさて「早起きは三文の得」などと言うが、気持ちが良いのは確かだ。日の出の神々しさは言うまでもない。それを拝んだ後で、オレンジ色に染まる眉山を眺めるのもまた一興。
小浜の海岸から眺める「夕日」の美しさも忘じ難いが、湧水の島原には「朝日」の方がより似つかわしいようにも思う。
早起きの利点はまだまだある。何と言っても、季節感が先取り出来ること。あれほど騒がれた今年の猛暑だが、明け方近くに吹く風には早くも秋の気配が漂っている。
また、盆明けということもあってか、世の儚(はかな)さも同時に味わうことが出来る。証拠と言っては何だが、水撒きしながらセミの亡骸(なきがら)に遭遇することも度々だ。
多くは完全に息絶えているが、中にはまだ〝虫の息〟のままに手足を動かしているのもいる。そっと拾い上げて近くの木の幹に置いてあげるのだが、あと何時間の命であろうか…。
そんなセンチな気分を吹き飛ばすのが「コケコッコー」の鳴き声だ。さあ、今日も、明日も、明後日も、元気を出して「コケコッコー」で行くぞ!
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