2013/10/03

デイリー夕刊50周年…大いに勉強になったぞ!!

月改まって、出張の始まりは宮崎県延岡市。同じ九州内とはいえ、移動にとても骨の折れる〝遠隔〟の地である。ふだんであればマイカーを使うところだが、今回は続けて東京に飛ぶのでレンタカーを借りることにした。

レンタカーは余り利用したことがない。したがって、仕組み自体を良く知らなかったが「乗り捨ても可能」とは聞いていた。「ホーッ、それは便利な!」と思っていたが…。

窓口で金額を提示されてビックリした。島原からだと約1万5千円。親切な店員さんが「熊本からはその半分くらいですよ」と教えてくれたので、迷わずそちらを選ぶことに。

カーナビの指示に従って御船、山都から高千穂へと抜ける国道沿いを走る。古より「日向往還」と呼ばれた歴史ある街道だ。まだ紅葉の季節には少し早かったが、秋の兆しが日に日に深まっているのが傍目にもよくわかった。

島原を正午過ぎに出て、途中何度か休憩し、延岡の市街地に着いた頃にはもうすっかり日が傾いていた。所要約5時間半。やっぱり遠い!

今回の出張の目的は、現地の地域紙「デイリー夕刊新聞社」(佐藤公昭社長)の創刊50周年の祝賀式典に出席すること。もちろん懇親会にも、だ。

会場のホテルは600人を超える列席者で溢れかえっていた。「この活字不況の中で一体…」。少し前から、その経営姿勢に興味を抱いていたのも事実だ。

同紙の発刊は昭和38年10月1日。前回の東京オリンピックのほぼ1月前。日本全体が祝賀ムードで沸き立っていた頃だ。

ただ、地域紙の経営はいつの時代でもそんなに生易しいものではない。同紙の場合も例外ではなく、幾多の〝試練〟を経ての今日なのだそうだ。

祝賀会場には地元を代表する多くのお歴々が出席されていた。来賓として県知事、周辺の首長、経済界代表などなど…。

筆者が面白いと思ったのは〝猿騒動〟で有名になった日向市の黒木市長の祝辞。名前は失念したが、今日の「デイリー紙」の礎を築いた〝中興の祖〟の逸話を持ち出した。

その〝ご仁〟が説く経営上のポイントは①地域に密着しているか②地域住民に愛されているか③地域の振興・発展に寄与しているか―の三点。

奇しくも、同社は昨年2月にコミュニティFM放送事業をスタートしたばかり。地元ネタの生放送だけを流すというスタイルは、島原方式をそのまま踏襲しているものだ。

「旭化成」という大企業の城下町として栄える延岡市。翻って島原には?などといった、無い物ねだりはこの際〝愚の骨頂〟。

島原には島原だけにしかない〝魅力〟が溢れている。期せずして良い勉強になった、と思う。