阿南(アナン)は「阿難陀(アーナンダ)」に通ず…新郎に間違えられた岩永師
先週末に「月」が2月から3月に変わって早くも5日が過ぎた。前回は「2月逃げ月」と称して駄弁を弄したが、「3月去る月」とも言うのだそうだ。
さて、ことしは例年になく多くの「年祝い」にご案内を受けたが、掉尾(とうび)を飾ったのは先月末にシーサイド島原で催された、阿南達也さん(喜寿・紫色)と加藤圭吾さん(還暦・赤色)の合同祝賀会。
お二方に共通するのは、ともに観光業出身者だということ。ちなみに、阿南さんは九十九ホテル、加藤さんは海望荘&アゼリアにそれぞれ所属していた。
発起人を代表して挨拶を述べたのは護国寺住職の岩永泰賢さん。まずは年長者の阿南さんを取り上げ、「とても77歳とは思えない若さだ」と、驚きを隠さない率直な印象。
その上で、阿南さんの故郷である大分県竹田市が生んだ戦前最後の首相、阿南惟幾(あなみ・これちか)陸軍大将との因果関係に言及しつつ、「『あなん』と『あなみ』で読み名は異なるが、何と言っても『あなん』という響きは釈尊の十代弟子の一人として知られる『阿難陀』にも通じる素晴らしい名字だ」として今後のさらなる精進に期待を込めた。
加藤さんについては〝身内〟の気安さも手伝ってか、「阿南さんのオマケ。刺身のツマのようなもの」と軽くいなす一方、返す刀で「勝手に『護国寺事務長』という名刺を作って回っている」とバッサリと断罪!?会場の笑いを誘った。
また、随分と遠い昔に〝初仲人〟として赴いた瑞穂町の加藤夫人の実家で、事もあろうに〝新郎〟に間違えられてしまったという、とっておきの裏話まで披露して下さった。
この後、筆者も「さすがだなぁ~」と唸ったくだりが続く。それは、今を時めくJR九州にまつわる話。「明日、島原出身で大手商社・伊藤忠グループから出向している細川達也さんという営業部長が訪ねて来られる。私としては、あの話題の『7つ星トレイン』を島原鉄道に乗り入れさせて、何とか『島原城薪能』などと連動できないものか、と考えている」と。
最後は「残念ながら昨今、島原の観光は相当落ち込んでいる。これからは『ダメ元』でもいいから、ドンドン各方面に向けてメッセージを送ろうではないか。関係者には心から『ガンバレ!!』と声を大にして呼びかけたい」とのエールで結んだ。〔写真はヒナ壇に並んだ阿南=左=、加藤の両氏〕
-つづく-
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