2014/04/02

お母さんアリガト…ひとまずはサヨナラね

昨報 (広告) でもお知らせしたとおり、 母が亡くなった。 数え年84歳。 3月30日 (日) 午後8時16分死亡確認。 家族全員とごく近い親戚に見守られながらの静かな旅立ちだった。

思えば、 母はあらゆる局面で筆者の〝恩人〟である。 肉体的には死亡したが、 筆者の心の中では永遠に生き続けるであろうから〝過去形〟は用いない。

本欄とて例外ではない。 ネタに困ると、 ユーモア精神に溢れた母の日常会話の一節を無断で拝借しては、 字数を稼いだものだ。

中には、 「よくまぁ~私生活のことを…」 などと眉をひそめられる向きもあったと聞いてはいたが、 誰より一番の〝被害者〟は母であったはずだ。

しかし母は、 文章の中身に関しては、 筆者に対して文句一つ言ったことがない。 「どがんね。 言いたか人には言わせときなさい。 アタシャなぁ~ともなかけん!」 と豪快に笑い飛ばしてくれた。 逆に励まされたことも度々だ。

今更ながらの話だが、 本欄は元々 「広告欄」 としてスタートしたもので、 取材して書く一般記事とは性格が異なる。 しかしながら、 真面目な読者の方はなかなそうは取っては下さらない。 筆者の悩みもまさに〝その点〟にあった。

ただ、 世の中とは皮肉なもので、 筆者が真面目くさって書いた堅い文章より、 軽い乗りで書き飛ばした「母&家人バージョン」がかえって人気を博するという珍現象も…。

まぁ、 そんなこんなで何とかヤリクリしてきたわけだが、 母が入院した昨年秋口からは、 書き手としてはハタと困り果てた。 いかに自由奔放でOK!とはいえ、 さすがに病気の母を持ち出す訳にはいかなかった。

ただ、 母の気骨は半端でなかった。 足かけ6か月以上も病室にいながら、 愚痴をこぼしたことなど一度もなかった。 また、 ドクターや看護スタッフに対しても 「アリガトウ」 「ショウトリマスネ~」 などと感謝の思いを素直に伝え、 最後の最後まで〝笑顔〟を絶やすことはなかった。

筆者はいま自宅にいて、 母の遺体のすぐ側で拙稿に向かっている。 母はまるで生きているように眠っている。 その寝顔はどこまでも安らかで、 つい話しかけたくなってしまうほどだ。

元気でいてくれれば、 一緒に花見にも行けただろうし、 もっともっと面白いエピソードを提供してくれたはず…と思うと残念でならない。

通夜の前だと言うのに弔問客が絶えない。 皆さん口々に「(入院を)まったく知らなかった」「とても明るくて楽しい〝お日様〟のような人だった」 と、 最大級の賛辞を下さる。ありがたいことだ。

仮通夜の昨日は偶然にも『笑っていいとも』 (フジ) の最終日と重なった。 タモリさんに倣って訊きたい。 「お母さん、 来世も婿養子にしてくれるかな?」。 もちろん 「いいとも!」 ですよね、 お母さん。