2009/08/30

空から魚が降ってきた…国民の大多数が民主を支持

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

投票日の朝、散歩の途中で空から「魚」が降ってきた。「魚」だけに「ギョ」という駄洒落を飛ばしたいくらいだが、事実だけに心底タマガッタ!!

場所は市保健センター裏の霊南地先埋立地。突然、「ガサッ」という落下音とともに、目の前に15センチ大のメバルが横たわっていたのだ。

一瞬、誰かの悪戯かなとも思ったが、振り向きざまに上空を見上げると、2匹のトンビがゆっくりと円を描いて飛んでいたので、彼らの仕業に違いない。

「トンビにアブラゲ(油揚げ)をさらわれる」とはよく耳にする言葉だが、まさかトンビが魚を運んでくるとは…。この時点で「これは何かある」と想っていたら〃案の定〃だった。

   ※    ※ 
 
天草生まれの作家、石牟礼道子さんによれば、タマガルには「魂消る」の字を充てるのだそうだ。しかし、筆者なんかよりもっとタマガッタのは、自民党の関係者だろう。

まだ、開票速報の途中だが、すでに「民主党の圧勝」である。恐らく、この勢いは最後まで続いて「政権交代」は間違いない。

それにしてもテレビの浮かれ方は尋常ではない。別段、今に始まった話ではないのだが、各局とも趣向を凝らしての「お祭り騒ぎ」のオンパレードだ。

選挙の専門家ではないので勝敗の分析などはとても出来ないが、率直な印象を言えば、「民主が勝った」というより、「自民が一人で勝手にこけた」という感じである。

もちろん、投票したのは有権者であり、その「総意」としての現れだから、「こける」「こけない」の話ではないのだが、国全体を取り巻く「閉塞感」がこの機会に一挙に爆発したのだろう。つまりは、国民は「変化」を求めたのだ。

その「選択」が正しいのかどうかは、今後の「成り行き」を見極めるしかないのだが、国民の大多数が民主党を支持したのは紛れもない事実であり、ここは一つ新たな「責任政党」として頑張っていただこう。

   ※    ※ 

TBSの番組で民主党幹事長の岡田克也さんがインタビューを受けている。思い出すのは前回の郵政民営化選挙。「敗軍の将」を追いかけた特番で、流れる汗を拭おうともせず真夏の街頭で必死で訴えかける姿と、自宅での食事のシーンが浮かんでくる。

わずかまだ4年前の出来事だが、今回の総選挙で構図は一変した。こと政界に限らずとも、本当に世の中とは分からないものだ。裏を返せば「逆もまたあり得る」ということだから、自民党の奮起も促したい。

   ※    ※ 

全国注目の選挙区となった長崎2区で、民主の福田えりこさんに「当確」が出たようだ。久間章生さんの比例での復活がなければ、島原半島から代議士の火が消える。これって…。


2009/08/28

1度で出してもサンド…かさぶさの「ツ」の語源は?

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

ゴルフを習い始めの頃、園田一級建築士事務所の園田修平さんと一緒の組になった。颯爽と手にしていたのは、届いたばかりのフルセット。まだビニールの保護カバーがみっちりと被さっていた。

パッティングの練習を終え、いざ1番ホールへと向かおうとしていたら、カートに同乗していたキャディさんの表情がおかしい。どう言ったらいいのか、何かしら怪訝な雰囲気なのだ。

筆者は教本で見た通りに、クジを引いた後でバッグから真新しいドライバーを取り出した。と、キャディさんが堪りかねたように近づいて来た。「お客さん、やっぱビニールは剥(は)がんばネ」 - 。

無慈悲にも、園田さんらは腹を抱えて笑いこけていた。勿論、根が正直な筆者は素直にキャディさんの指導に従った。そして涙ながらにビニールの皮膜を破いたことを、昨日のことのように覚えている。

当然、今以上に下手糞だったから、バンカー(砂だまり)にもよく打ち込んだ。その際、ふと口ずさんだオヤジギャグが予想以上に受けたことも、まだ記憶に新しい。それは「1度で出しても3度(サンド)」という他愛もないものだったが、世の中にはこれと似たような話もゴマンとあるようで - 。

前置きが長くなってしまったが、先日、森岳地区の保護者会(高校)の人たちと一緒に「夜回り」をした後で懇親会となった。筆者以外は元から地の人が多く、小学生時代(一小)まで遡っての「思い出話」特集となった。

「あん頃ん夏休みはやっぱ何よっか『島原甲子園』(ソフトボール大会)やったばい。よう転んでから『ツ』のできよったとん」「ほんてが。ばってんか、『ツ』て最近な余り聞かんごてなった」 - 。

ひとしきりその話題で盛り上がった後で、「ツ」の語源をめぐる話になった。と、市役所に勤めるI君が「あたんな、調ぶっとが仕事じゃろもん」と、こともあろうに筆者にゲタをあずけてきたのだ。さーて、困った…。

「ツ」が擦り傷などの「かさぶた」であることはもとより承知しているが、はて〃語源〃となると俄かには浮かんでこない。仕事の合間に「ツツツ…」と物知り社員に近付いて訊いてみても、誰も知らない。

ただ、若いスタッフも「ツ」という言葉の意味は皆よく知っている。しかし、いくら悩んでも仕方がないので上司の特権を利用して「それは『痛い』という意味で『痛』(つう)から来ているのだ」と結論を下そうとしたら、鹿児島出身のTちゃんが素晴らしい答えを導き出してくれた。

「専務、日本語では『血』(ち)の次は『つ』に決まっているでしょ」。なるほど、Tちゃんは頭が良い!!「1個でも『ツー』」と言おうとした自分が急速に恥ずかしくなった。


少し先走り過ぎでは?…春日一幸さんと般若心経

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

いよいよ総選挙である。一節によれば、今回はやたらと期日前投票が多いとか。果たして、何の〃予兆〃だろう。ところで、終盤になっても「民主有利」の風が凄まじいようで、各紙とも競い合うかのようにその状況を報じている。あたかも「もう勝負がついた」と言わんばかりに…。

報道機関にとって「不偏不党」はその規模の大小に係わらず、忘れてはならない基本中の基本。同時に、選挙は民主主義の根幹を成すもの。言わば、国民一人ひとりに等しく付与された「権利」である。

これを行使するに当たっては、他からの口出しなど一切聞く必要なし。敢えて例えるなら、自分だけに与えられた「聖域」のようなものだ。

ところが、マスコミ各社は国民が投票行動に移る前から、「事前調査」と称して「どの党が優勢だ」などとの情報を繰り出す。そして、必ずと言ってよいほど「まだ有権者の何割が投票先を決めかねている」と言葉を濁して最後を結ぶ。些か偏屈な見方かもしれないが、予想が外れた場合を想定しての「保険」のようなものだろう。

選挙に限らず、何でも行き過ぎは良くない。確かなデータに基づいているとはいえ、最終&最後にその権利を行使するのは、有権者なのである。

今のような世相を煽るかのごとき事前報道は、不定見な「勝ち馬乗り」を大量に醸成するばかりだ。より端的に言えば、今回の選挙は「小泉チルドレンから小沢チルドレンへの交代劇」を観ているようなものなのに…。

かつて、古巣の自民党幹事長だった頃の総裁選で、小沢さんは「神輿は軽い方がよい」とうそぶき、弱小派閥出身の海部俊樹さんを担いだ。時は流れて、海部さん(愛知9区)も、そして現代のキングメーカーこと森喜朗さん(石川2区)も〃大苦戦〃だと報じられている。

その森さんの対立候補(小沢刺客)は、河村たかし名古屋市長(前民主党代議士)の秘書だった、田中美絵子さんという33歳のうら若き女性だ。

話は脱線するが、河村さんが秘書として仕えていたのは、かつて民社党委員長を務めていた春日一幸さん。分厚い唇から弾き出される独特のダミ声演説は、党派を越えて人気があった。

佐野眞一さんが最近著した『新忘れられた日本人』(毎日新聞社)の中で、春日さんの〃人間的魅力〃を伝えている。その一部(骨子)を少しだけ引用する - 。

〈最盛期には、誰も見向きもしないような婆さんの愛人が7人いたが、いざ選挙となると、それぞれが八面六臂の大活躍。嫉妬する夫人に対しては、羽交い絞めにして耳元で「般若心経」を唱えることで、その怒りを鎮めていた、とか〉

真偽の程は定かでないが、口癖だった「今般の政治状況を省みれば…」との名調子を思い出しつつ、つい腹を抱えて笑ってしまった。失礼!!


2009/08/27

まだ迎えに来んで!!…もう少しシッカリするまで

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

今朝、久方ぶりに散歩に出た。「花みずき」脇の歩道から眺めた視線の先には、赤みを帯びた太陽が燦々。一月ほど前、日本中が「皆既日食」でバカ騒ぎしていたが、やはりお日様はまぁーるい方が良い。

その太陽を横目に見ながら猛島海岸を一巡り。普通なら北門方面まで直行して、マクドナルドで一服するところだが、今日は少しコースを変え、宮の町経由で堀端を目指した。

途中、ラジオ体操に向かう子供たちとすれ違ったが、どの子もまだ眠たげな様子。首から胸に下げた「出席カード」が懐かしい。

やや汗ばみながら、商高前の桜並木の半ば付近まで進むと、左手眼下に蓮畑が見える。全体ではもう盛りを過ぎた様子だが、所々に綺麗な薄紅色の花が咲いている。

〈ドブに落ちても根のある奴は、いつかは蓮(はちす)の花と咲く〉 - 。全国に散らばる自民党派閥領袖クラスの大物議員が、今回ばかりは「ドブ板選挙」を強いられているそうだが、
投票日まであといくらもない。果たして、選挙民はどんな審判を下すのだろうか。

姫松屋前の角を折れ、振興局沿いにそのまま直進すれば、今度は八尾病院前の蓮畑。気のせいか、今年の夏は花の数が例年より少なかった印象ばかりが強い。

まだ、西川清人さん(有明町・写真にしかわ前社長)が元気だった頃、もう10年以上も前の話。筆者が連城三紀彦さん(直木賞作家)の本で読んだことを、訳知り顔で伝えたことがある。

「蓮ん花ん咲く時にゃ、『ポン』て音んすっとげなど」。それから余り日をおかずして、今度は西川さんから電話がかかってきた。今朝のような天気の良い日のことだった。

「おー、マモッちゃん!いま堀端に来ちょっとばってん、『ポンポン』『ポンポン』…やっちゃやかましか。早よカメラば持って、出て来んね!」と。

自分が言いだしっぺでありながら、ついその事は忘れてしまっていた筆者は怪訝な思いで駆けつけたのだが、さすがに西川さんはプロ中のプロ。被写体に寄り添うようにして、数々の傑作をすでにフィルムの中に仕舞い込んでいた。

その中の一点が我が家の床の間に大切に飾られている。ツマベニハス独特の、得も言えぬ淡い色彩は、まだ見ぬ「極楽浄土」の世界を想わせる。
「皆既日食だ!」「政権交代だ!」など喧騒に明け暮れた平成21年の夏も静かに過ぎ去ろうとしている。ふと足元を見ると、セミの亡骸(なきがら)がそこかしこにころがっている。

総選挙後にどんな世の中が待ち受けているのか知る由もないが、たとえ政治家でなくても「根のある奴」でなければ、この世は生き延びてはいけない。

筆者がもう少し「シッカリモン」になれるまで、まだまだ迎えに来ないでね、西川さん。


2009/08/26

今在ることに感謝!!…すべては歴史の1コマ

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

一昨日(24日)、本欄の原稿を書きかけのまま取材(応援)に出かけた「第40回全国中学校サッカー大会」だったが、残念ながら、地元の島原一中は静岡学園中に延長戦の末、「0 - 1」で惜敗した。

負けたことは悔しいが、そんなことより、選手たちは本当に良く頑張ってくれた。一枚岩となった地元応援団の後押しも忘れてはならない殊勲功だ。

試合は後半から、来賓でもないのに、本部席に闖入(ちんにゅう)して観戦させていただいた。受付で無理矢理〃正面突破〃を図ったため、担当の女性の方には大変に申し訳ないことをした。この場を借りて深くお詫びする。

メーンの観覧席には、横田、吉岡の新旧島原市長をはじめ小嶺忠敏県サッカー協会長などサッカーや行政関係の「VIP」が陣取っておられた。

幾つものまぁーるい背中越しに、対岸の熊本の山並みや有明海がクッキリ。競技場の芝の緑も鮮やかだ。正面スタンドには国旗や大会旗などの5本のフラッグが、時おり吹き抜ける秋風に翩翻(へんぽん)とひるがえっている。

誰が見ても、紛れもない平和な光景だ。ふと、二百年以上も前の「島原大変・肥後迷惑」のことを想う。背後の「眉山」が地震で大崩壊をきたし、それに伴う大津波が1万5千人もの尊い命を奪った。

そこまで時代を遡らなくとも、つい20年近く前にも、競技場周辺は一面「灰色の世界」だった。それが今、色鮮やかな「晴れ舞台」に見事までに変身している。

単なるセンチな気分で、こんな下手糞な文章を書いているつもりはない。コートの中でボールを追いかけている選手たちも、スタンドで黄色い声援をあげている応援団も「今在るこの状況」を、是非この機会に、今一度「感謝の念」で見つめ直してほしい。

既報の通り、島原半島は念願とも言うべき「世界ジオパーク」への仲間入りを果たした。当地で暮らす者の一人として、誠に慶賀すべきことである。「ヤッター」「バンザイ」の気分と言ってもよい。

だが、我々(郷土)が今日あるのは、取りも直さず、幾多の自然災害や戦争の惨禍を、挫けることなく乗り越えてきた先達諸氏の「不屈の生き様」のおかげである。造語するなら「血質遺産」とでも言おうか…。

もし、「ジオパーク」の構想がなければ、今や「世界遺産」の候補地の一つにも取り上げられている「原城址」が、阿蘇山の火砕流の遺跡だったと、誰が知るであろう…。

いずれにしても我々は永い地球の歴史の中で、たまたま「今この瞬間を生きている」に過ぎない。否、「生かされている」のだ。

かく言う筆者も、人生の大先輩である社長の計らいで、本欄を書かせていただいている。本日8月26日は島原新聞創刊百十周年の記念日でもある。


2009/08/24

大切なのは〃この先〃…念願の「世界ジオパーク」へ

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

何はさておいても、本日はこの2つのメデタイ話題を取り上げないわけにはゆくまい。他でもない島原半島の世界ジオパーク加盟と、島原一中サッカー部の全国大会での快進撃(決勝進出)だ。

詳細については本紙担当記者の解説記事に任せるとして、おかげさまで昨日の日曜日は、親子共々存分に楽しませていただいた。有難うございました。

今でこそ「ジオパーク」という言葉は〈人口に膾炙(かいしゃ)した〉かのような雰囲気だが、最初に聞いた時は「ン?」という感じだった。

島原振興局長を酒井好さんが務めていた頃の話だから、もうかれこれ2年も前のことになろうか…。幹部職員の中に、やたらと「石」に詳しいIという輩がいて、その彼が必死になって「観光面での活用効果」を説いていたことを昨日のことのように思い出す。

筆者も、そして安中三角地帯嵩上げ事業のリーダーだった大町辰朗さんも、その「情熱」にすっかりほだされたしまった。何と言っても、最初の勉強会で聴いた寺井邦久先生(元島高教諭)の講義内容が素晴らしかった。

「そうか!我々の島原半島は、地質学的に見ても、そんなに価値の高い地域だったのか」―。根が単純な筆者も大町さんも(失礼)、「そら素晴らしかとん!!」と、すっかり魅入られてしまった。

東京で開かれた初回の会合で、九州地区の自治体の立場から島原半島にエールを送ってくれたのは、鹿児島県霧島市長の前田終止さん。自民党副総裁だった二階堂進さんの秘書、県議を経て市長になった方だけに、「さすがに政治家!!」とその場で感心した。

率直に言って、当初の滑り出しにおいては、何となくギクシャクした感じも否めなかった。しかし、半島内3市の足並みが揃ったことで「会長」の大任を担うことになった前島原市長の吉岡庭二郎さんの動きにも拍車がかかった。

吉岡さんは昨年ドイツで開かれた国際会議で、他所にない火山活動下での新たなジオパークという「島原半島の特性」を余す所なく伝えることに成功。「世界への道」を切り拓いてきた。

もちろんその陰に、「普賢岳のホームドクター」と呼ばれた九州大学名誉教授の太田一也さんや、それに連なる多くの学者人脈の下支えがあったことを忘れてはならない。

ともあれ、念願だった「世界加盟」は実現した。が、問題はこの先。23日の記者会見場で3市の市長と振興局長はガッチリと握手を交わした。新たな「観光圏」との関連性も含めて、今後どのような施策が打ち出されていくのか。

相手が「世界」であるだけに生半可な対症療法だけで済む話ではない。我々住民も心して取り組んで行こう。(いかん、時間がなくなった。サッカー場へ急がねば!!)


2009/08/21

赤とんぼの炒め物?…「観察眼」を磨きましょうね!!

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

原稿を書いていて「イカンナー」と落ち込むことが時々ある。さしずめ、今日の心境などがその類いだ。昨日あれほど「勘違い」の悪癖を悔いておきながら、また同じ「過ち」を犯してしまっている。本当に、私はバカだ。

文章を書く過程において、「重複した表現を使わない」ということは、基本中の「基本」、イロハの「イ」である。それなのに昨報では、「これなどは」 - という書き出しを、後半部で三度も使ってしまった。

脱稿後にきちんと見直しをすれば良かったものを、次の行事が迫っていたものだから、つい慌てて見逃してしまった。「これなどは」 - まったくもって学習効果を発揮できていない「バカの証左」である。嗚呼、また使ってしまった。

今日は朝から何となく憂うつだ。気分が冴えない。鳥の鳴き声も、蝉時雨のシャワーも、どことなくヨソヨソシク聞こえてしまう。

ゲンナオシに、近くの音無川沿いを散歩していると、眼下で赤とんぼが乱舞している。「そうか、もう秋なんだ」と、幾分センチな気分でその様子を眺めていたら、赤とんぼの翅(はね)がキラリと光った。

そう言えば、一月ほど前に『ターニングポイント』に出演してもらった崇城大学教授の村上光太郎先生が仰っていた。「風邪のひき始めには、赤とんぼの炒め物が良く効く」と。

自ら「実証主義者」と称して、トリカブトの溶液まで体内に入れてしまうようなご仁の言葉だけに、嘘ではないと思うが、何となく可哀そうな気もする。

〈赤とんぼの羽根を取ったら油虫〉 - 。昔、「あのねのね」という男性デュオが唄っていたナンセンスソングの一節だが、よくよく見ると、赤とんぼの胴体は決して赤ではない。

種類にもよるのだろうが、水無川の上空を飛び交っている連中のそれは、やや黄色味がかっている。それでは何故「赤とんぼ」と呼ぶのだろう?

答えは翅の部分にあった。太陽の光を受けてキラリと光るその色は、やや赤みを帯びた黄金色に見えるのだ。本当に!!「そうか、赤とんぼの語源は翅にあったか!!」 - 。

自身が大した経営者でも、また人格者でもないことはもとより自認しているが、役目柄、社員諸氏に対して時おり訓示のようなものを垂れる。その一つが「観察眼」の大切さだ。

これまた昨日の続きではないが、「君たち、ボーっとしていたら、折角のビジネスチャンスも見逃してしまうよ」などと。果たして、聞く側はこちらの意図をどれほど理解してくれているのだろうか…。

夏の疲れなのか、高血圧のせいなのか、何となく首筋に「違和感」が残る。間の悪いことに、これから嫌な交渉相手がやって来る。羽根があったら、飛んで逃げたい心境なのである。


2009/08/20

キャスティングボード?…恥ずかしながら、また勘違い

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

これまでの沢山の「勘違い」(過ち)をしてきたが、また一つ愚かなる自分に気付いた。この時期、他でもない選挙戦での「キャスティング『ボート』」のこと。

ある意味「恥さらし」ということになるが、これまではてっきり「キャスティング『ボード』」とばかり思い込んでいた。

その間違いに気付いたのは、著書『悩む力』がベストセラーとなった、東京大学大学院情報学環教授の姜尚央(カン・サンジュン)さんのコラム(アエラ誌8月24日号掲載)を読んだことから。

「ボート」と「ボード」。英語で表記すると、「VOTE」と「BOARD」。邦訳すれば、前者が「投票」、後者が「板」で、明らかに違った意味だ。

言い訳がましいが、これまで筆者は、可否同数の際に使われる「最終の決定権者の意向を書き込んだ板状の物体」をイメージしていたのだ。嗚呼、恥ずかしい。何を「ボーっと」していたのだろう…。

姜さんは我が国における著名な政治学者の一人でありながら、国籍がないばかりに参政権(投票権)がない、という。だからこそ余計に「キャスティングボートを発揮せよ!!」と呼びかけている。

ところで「ボート」と言えば、英語で「買う」という意味の「BUY」の過去形が「BOUGHT」である。つまりは「買った」という意味だ。

最近では余りに耳にすることはなくなったが、かつて島原半島のとある地域では、「一票の買い取り」(買収)が白昼堂々と行われていた、という。

これなどは極端な「作り話」の類いだろうが、ある老婦人が投票所に出かけて、イザ!投票用紙を受け取ろうとした際に、係員にこう語り語りかけたのだそうだ。「スミマセン、まだ私は『お金』を受け取っていないのですけど…」と。

まあ、これなどは救いようのない「風土病」の一種だろうが、「救う」と言えば、「救命『船』」を意味する「ボート」(BOAT)というものもある。英語での発音記号はまったく異なるが…。

これから迎える選挙終盤戦に向け、必ず各候補者ともこう絶叫するだろう。「どうか私を助けて下さい!!」と。

これなどは「私に投票して下さい!!」という意味にも取れるし、「溺れかかっている私に、どうぞ救命船を差し向けて下さい!!」とも取れる。

大事な、大事な国政選挙を肴(さかな)に、何ともくだらない「言葉遊び」をしてしまって恐縮だが、「政治」は取りも直さず「言論」である。

候補者それぞれが、所属政党なり、自分の所信なりを「言葉」で語るのを、一言隻句なりとも聞き逃してならない。皆さん、筆者みたいに「ボーっと」していてはダメですよ!!


2009/08/19

湛山先生は偉かった!!…学者もクビになるものなの?

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

「私は国民の気に入らない政策もやる」。昭和31年、自民党総裁選で岸信介を破って総理大臣に就任した際に、石橋湛山が発した談話だそうだ。文藝春秋・増刊『くりま』(9月号)の中で、作家の半藤一利さんが紹介している。

その後、石橋は急な病に倒れたため、2か月弱の短命政権で終わってしまうが、次の言葉などは今風バラマキ型の「マニフェスト選挙」とは鮮やかな対比を為すものであろう。曰く「政治家が高い理想を掲げて国民と進めば、政治の腐敗堕落の根は絶える」と。

さあ、総選挙が始まった。どうしても外せない先約があって、自民、民主両党候補者の大手広場前での「第一声」は聞き逃してしまった。ただ、これまでも新聞報道等を通じて各々の「訴え」の内容は確認しているので、又の機会にじっくりと聴かせていただくことにしよう。

おっといけない!長崎2区には、この他にも3人の候補者がいることを、つい書きそびれるところだった。ゴメンナサイ。

それにしても「政治家」とはつくづく因果な「商売」だと思う。こりゃまた失礼!モトイ「仕事」に訂正しないと。

「猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちれば議員でない」と言い放ったのは、確か大野伴睦であったと記憶しているが、今回出馬を見送らざるを得なかった猪口邦子・元少子化相のコメントには、失礼ながら、大いに笑わせていただいた。

18日付けの読売新聞が報じている。前回、比例東京ブロックの「女性枠1位」だったものが、今回は「24位」に格下げとなったことを受け、泣く泣く「辞退」に追い込まれた。その際、知人に漏らした言葉が「これで失業ね。学者も辞めて、議員もクビになって - 」だった、とか。

その心情を慮(おもんぱ)れば、可哀そうな気がしないでもないが、当選1期目にして「大臣」にもなって、はちきれんばかりのご身体にロングドレスを纏って政界デビューを果たされたことを想えば、まだまだ貴方は恵まれている。

それより「政治家」は諦めたとしても「学者」まで辞めねばならぬ、とは一体誰が決めるの?母校の上智大学に帰って、また一から出直せばよろしいじゃありませんか。まあ、余計なお世話ですけど…。

その他の比例ブロックの名簿順位についても、新聞各紙が一覧表のような形式で報じているが、正直、あまり興味がない。何かこう、小選挙区制度の「まやかし」のような気分になってしまうのだ。

そんなことより、4年前の選挙戦を印象深く思い起こすのは政治家諸氏の「クールビズ」のいでたち。今では役所や一般の会社でもすっかり定着してしまった感があるが、首の短い筆者ら「非モテ系」にはネクタイ以上に様にならぬこと甚だしい。一体何を着ればいいのだ?


2009/08/18

選良に相応しい人物を!!…第45回総選挙いよいよ公示

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

第45回総選挙が18日、公示された。麻生自民党が「与党の座」を死守するのか、それとも各種世論調査で優位性が伝えられる鳩山民主党が悲願の「政権交代」を果たすのか、激しい攻防戦の火ぶたが切って落とされた。

県内4選挙区の個々の戦況分析については大手各紙に任せるとしても、有権者の一人として「次期政権の行方」は大いに気になるところ。

今さら申すまでもなく、「代議士」とは衆議院議員のこと。関連して思い出すのは「選良」という言葉。これも「衆議院議員」のみに使われる言葉だ、と以前島原に勤務していた読売のKさんから教わった。

辞書(岩波)を引いてみると、その意味は「選び出された立派な人物の意で、代議士のこと」とあったから、間違いない。出来れば、当選者全員がそうあってほしいものだが、保証の限りでないことは、歴史が如実に証明している。

前回、平成17年の郵政民営化選挙では、同じ「せんりょう」でも「千両」役者の「小泉ライオン丸」の陣頭指揮で自民党が圧勝したが、どうやら今回は真逆の構図のようだ。

街中の辻々に貼られた「千両役者」ならぬ「宇宙人」のポスターには、「政権交代」の4文字がクッキリ。今朝もタバコを買いがてらに散歩してみたが、やけに目を引く。

いささか記憶から遠のいた感があるが、先の米大統領選でのオバマ陣営のキャッチコピーは、同じく「政権交代」を意味する「CHANGE」で、米国民の多くがそれを支持。世界中がその余韻にひたった。

公示の朝、いつもと変わらぬ静かな夜明けの大手広場前で、止めねばならぬタバコを吸いながら「国会もまるで野球のようなもんだ」という「想い」が頭をかすめた。

言うなら、民主党は「もう自民政権のままでは日本が負けてしまう。早くピッチャーを交代させなければ!!」と息巻いているようだ。乱暴な言い方だが、それが日本語版「チェンジ」の意味するところだろう。

さて、その思惑通りに「宇宙人」がマウンドに立ったとして、果たして試合に勝てるのかと言うと、その「保証」はどこにもない。「責任力」を標榜して連投の意志を表明している「ワンマン宰相の孫」とて同じことが言える。

その伝でいけば、さしずめ我々国民は「キャッチャー」ということになろうが、この「国民」という言葉が「一番のクセモノだ」と、ある識者。曰く「テレビのコメンテーターが余りにも安易に使い過ぎていないか」と警鐘を鳴らす。

まあ、いずれにしても後2週間もすれば「結果」(途中経過だが…)は出る。自民、民主いずれが勝つにせよ「我々は同じ『日本』というチームに属している」ということをゆめゆめ忘れてはならない。


2009/08/17

「精霊流し」に思う…長崎の〃亜流〃では廃れる!!

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

15日夜、シュンちゃん(FMしまばら)の指摘・提案をもとに、改めて「精霊流し」を見物した。萩原に住んでいた伯母の初盆だったので、霊丘公園に足を運んだのだが、余りにも照明が明る過ぎる。

いつも出かける猛島海岸と違って十分過ぎるほどの広さがあるのは結構なのだが、3隻ずつを表舞台に繰り出して「練り」を競わせる折角の〃演出〃も、効果を引き出すまでに至っていない。

興ざめだったのは、禁止(自粛)されているはずの「爆竹」が、今年もそこやかしこで使用されていたこと。そんなに鳴らしたいのなら、「長崎まで行って思う存分やってくれ!!」と申し上げたい。

切子灯ろうに用いる蝋燭(ろうそく)も多くは「西洋ロウソク」。何故、地元産の「和蝋燭」を使おうとしないのだろうか。価格の問題?確かに、そうした

一面もあろうが、かけがえのない「精霊様」の送りであることを考えれば、銭金の問題ではないはず。

そんなにどこやかしこのお寺に出かけた経験はないので大きな声では言えないが、ひょっとしてお寺そのものが「西洋ロウソク」に頼りすぎなのでは…。これぞ「地産地消」の最たるものではないか!!

何より、その原料となる「ハゼの実」は、「島原大変」(1792年)後の島原藩の財政を立て直したという「史実」と「実績」がある。お寺ならずとも、地域を挙げて「もっと拘るべき」と思う。

筆者が申すまでもなく、長崎の精霊流しは全国的にも有名だ。人口規模も経済の成り立ちも違うので、比較すること自体無意味だが、我々はもっと「島原らしさ」を追求すべきである。

船の構造そのものが違うし、灯ろうだって全く異なった造りではないか。それなのに何故「真似」(爆竹)をする必要があるのか?分からない。いや、多くの市民が心の中ではそう思っている、と信じる。

長崎のそれが「動」であるとすれば、島原の魅力は「静」である。青森の祭りに「ねぶた」(青森市)と「ねぷた」(弘前市)があるように、それぞれの特徴をさらに磨き合えばよい。

老婆心ながら、このままのやり方を放置しておけば、島原は長崎の「エピゴーネン」(亜流)に堕してしまいかねない。くどいようだが、夏の「精霊流し」は春の「初市」と並ぶ、島原を代表する「本物の祭り」である。

迷ったら「原点」に帰ろう。再び歴史をひも解いて、素材そのものから考え直そう。そうすれば、他では決して真似の出来ない、「島原独自の精霊流し」が復活する。

霊丘の流し場で、取材記者を思しき都会風の粋な女性がしきりとシャッターを押していた。今でも、それほど「絵になる光景」が残っているのである。「伝統の火」を消さないためにも早目に手を打つべきだ。


2009/08/13

「精霊流し」は本物!!…「初市」と並ぶ島原の祭り

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

「島原最大の祭りは何か?」と尋ねられれば、やはり「精霊流し」に尽きるであろう。この点では、「FMしまばら」でパーソナリティを務める「シュンちゃん」こと宮崎春而氏と不思議と意見が一致した。

シュンちゃんは宮崎康平先生の息子さんだから、島原のことを実に良く知っている。もっと言うなら、知らないでよいことまで知っている。本当に!!

そのシュンちゃんに言わせると、民俗学者の宮本常一さんの弟子であった鬼太鼓座創始者の田耕(でん・たがやす)さんも、そして永六輔さんも「同意見だった」そうだ。

根拠は「精霊流し」が江戸時代から連綿と続く確かな「伝統行事」である点。また、その「視覚的な美しさ」は決して他の追随を許さない、と。

ややもすると、シュンちゃんとも縁の深い、さだ・まさしさんがグレープ当時に歌った『精霊流し』の反響が余りにも大きかったため、長崎ばかりが有名になってしまった感があるが、島原のそれは「やはり別格」と胸を張ってみせる。薄い胸板だが…。

ただ、残念なことに、最近は「担ぎ手不足」などの物理的な要因もあって、船の数自体も減少傾向が続いているようだ。こっじゃイカン!!このまま手を拱(こまね)いているようでは、亡くなった郷土の先達に申し訳が立たん!!

シュンちゃんは言う。「15日ん晩は、島原全体が江戸の昔に帰ればよか。街全体の明かりを抑えて、提灯を使う。そして『切子』の灯りも地元産の『和蝋燭』(わろうそく)に限定する。ここまで徹底すれば、昔の賑わいぶりを必ず取り戻せる」。そう力説するのだ。

返す刀で「薪能のように『振興会』を作るべき」とも。「登録制度のような方式を取れば、島原関係者に限らず、全国各地から担ぎ手を集めることも可能。観光客も呼べるし、切子や和蝋燭の地場産業も栄えるので一石二鳥ではないか」。実によどみない。

「私に言わせると、本物の島原の祭りは、夏の『精霊流し』と、春の『初市』に限りますね。だいたい何故、露天商の人達がさして売れもしない初市を目指してくるか知っていますか?それは、伝統という名のブランド力です。つまり、『箔』(はく)が付くんですよ、初市に店を出せば」 - 。

いつもながら感心することだが、シュンちゃんは康平先生譲りの「モノシリ博士」である。本欄で長々と引用したことが実現するかどうか責任は持てないが、和蝋燭の切子の明かりが醸し出す「精霊船」は、いかにも幻想的だとは思いませんか、皆さん?

先般の東北出張で一番感心したことは、地域住民の祭りへの「意気込み」の凄さ。それが観る側の感動を呼び、さらなる誘客へとつながる。要は考え方、取り組み方次第、と思う。

(追伸)なお、ご異論のある方は、シュンちゃんの番組宛お願いします。では、ナマイドー。


今夏、ステテコ善戦…ご先祖様とじっくり相談

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

島原でも「帰省ラッシュ」が始まったようだ。2、3日ほど前から他県ナンバーの車をよく見かけるようになった。今年は高速料金が安く設定されているので(13日から全国一律千円)、尚更のことだろう。

となると、ワリを食うのは飛行機や列車、船などの「公共交通機関」ということになる。これまでだと、料金そのものより時間短縮等の「優位性」で選ばれていたが、今年はそうは問屋が卸さない。

ましてや、「百年に一度」の大不況である。家計をあずかる主婦(何とも古臭い表現だなぁ…)に限らずとも、千円ポッキリで家族全員がそろって移動できるとなれば、自然と車を選んでしまう。これが「人情」というものだ。

昔からよく「風が吹けば、桶屋が儲かる」と言われてきた。これはある意味、経済循環の〃法則〃のようなもので、今でも十分に通じる人間社会の「縮図」(知恵)でもある。

その証拠に、長雨とそれに伴う冷夏で、今年は色んな方面に影響が出てきているようだ。身近な話題で言うと、長崎県のコメの作況指数は例年の85%。全国的に野菜の高値傾向も続いている。

13日付の読売新聞経済面では、ビール業界の恨み節(秋口商戦への早々とした切り換え)と併せて、あの王者「ユニクロ」の9カ月ぶりの前年割れを報じている。

その記事の続きで思わず笑ってしまったのは、昔懐かしい「ステテコ」業界の善戦ぶり。湿気の多い日本の夏を、せめて気持ちだけでも快適に過ごそう、という庶民(オヤジ?)の反撃が始まったか。

同一面の左肩には、「トヨタ」がガソリン1リットルで40kmを走行するというハイブリッド車(ヴィッツ)を開発中で、「ホンダ」や「日産」もその方向で頑張っている、との記事。

そこでは紹介されていないが、「三菱」の電気自動車も次なる市場を虎視眈々と狙っているのは、すでに知れ渡った話だ。

こうした時流が今後もずっと続いていくとすれば、我が国のエネルギー政策は「根本」から考え直さないといけないことになる。さてどうする、石油業界?

前言を翻すようだが、率直に言って「風が吹けば - 」の原理・原則がそのまま当てはまるほど、昨今の経済構造は単純ではない。何せ、太陽光がまったく射さないビルの地下街で、コメや野菜などが十分に収穫できる時代なのである。

少し大袈裟すぎるが、果たして、人類はどこに進もうとしているのか。人としての幸福感は、これまでとは全く異なったものに成り下がってしまう恐れはないのだろうか…。

こんなボンクラ頭をいくら捻ったところで、正しい答えなど出てくるはずもないが、時は盆。来世より里帰りされたご先祖様に、ステテコ姿などでじっくりと伺ってみるか!?


2009/08/08

山形で大いなるヒント…東京の夕刊紙に「島原特集」

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

2日目の宿泊先は山形市。個人的には、全国47都道府県のうち、これまで唯一訪ねたことがない「県」で、そうした意味でも〃興味津々〃の旅であった。

東京方面まで帰って新幹線を利用するか、はたまたレンタカーで移動するかで迷ったが、相談の結果、後者を選択。約300キロの道程を車に託した。

とは言っても、土地勘はゼロ。恐る恐る「オイが運転しようか?」と提案したが、2人の社員が声を揃えて「ダメです!」。下手糞で助かることもあるんだ、と一人ほくそ笑んだ。

FMながおか社長の指示に従って、まずは高速をそのまま北上。新潟を抜け、終点の村上付近まで進んだ。ただ、そこから先(国道)が異様に長かった。

一口で「山道」と言うが、さすがに「奥の細道」(?)は手強かった。行けども、行けども、「山」また「谷」の連続。高速を下りて2時間近く経ってから、やっとのことで休憩所のコンビニにたどり着いた。

車外に出て、月がとっても美しいことに気づいた。満月に近い、その柔らかな明かりは、我々の心の癒しとなり、最後の踏ん張りに拍車をかけてくれた。

そのうち〃街の灯〃が見え出した。右に曲がれば米沢、左折すれば上山・山形の道路標識を確認できた時には、正直ホッとした。「ありがとう」、そして「ごめんね」…お2人さん。

ホテルはJR山形駅の屋上階にあった。十日町で蕎麦をかき込んだ昼食からすでに10時間以上が経過しており、さすがに3人とも腹も空かせていた。

そそくさとチェックインを済ませ、駅前の「郷土料理店」(居酒屋)へ飛び込んだ。敢えて島原弁で注文を試みたが、案外と通じることに意を強くして「だだちゃ」(枝豆)や、「ほや」(貝)などを、大変に美味しくいただいた。

自分としては、まだまだ飲み足りなかったので、「もう一軒、東北美人の居る店に」と誘ってみたが、車の運転同様に「駄目です!」と即座に却下。

その時は「無粋な野郎どもめ」と思ったが、翌朝目覚めてみて、彼らの選択が正しかったことを痛感。おかげで澄みきった頭で現地CATV局幹部との意見交換ができた。

中身については〃企業秘密〃。ただ、今後の事業展開に大いなる〃暗示〃を頂戴できたことだけは確か。帰り際になって「今日は『花笠まつり』ですよ。もう1泊されたら」と引き止められたが、意を決して予約の新幹線に飛び乗った。

すべての旅程を終え羽田に着いたのは午後5時半過ぎ。出発待ちの間に、島原ではまず見ることのない夕刊紙を買ってロビーで読んでいたら、何と「島原湧水」と「かんざらし」(中屋)が紹介されていた。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」。次回は芭蕉のようにゆっくり回りたい奥州路であった。

‐おわり‐


2009/08/07

棚田に数々の前衛作品…雲仙市の皆さんにもヨロシク!!

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

花火大会終了は午後9時半過ぎ。会場から駅までの距離は徒歩で約20分。大通りを歩く50万人近い〃民族大移動〃は、それはそれでミモノであった。

1年も前から予約客で埋まる長岡市内での宿泊はハナから諦めていたので、そのまま「臨時の新幹線」に乗車。越後湯沢の宿舎に着いた頃には、時計の針はとうに11時を回っていた。

翌朝、岐阜から来たという団体客のバスの運転手さんに聞いたら、「それは早い。私ら2時半でしたわ」と苦笑い。ただ、その後すぐ真顔になって、「長良川(岐阜)やPL教団(大阪)の花火もまったく相手にならんね」と一言。

2日目(朝)の訪問先は十日町市のFM局。先の2度にわたる地震災害で大きな痛手を受けた所だ。今回で都合3度目の訪問になるが、取締役のHさんは昨年、JR東日本による信濃川の〃盗水疑惑〃を告発したツワモノだというが、丁寧な応対ぶりで感激した。

隣接する物販施設(商工会議所などが運営)で専務をしているIさんとは以前からの顔見知り。しっかりと握手を交わした後で、「今年は十日町が棚田サミットの会場。雲仙市の皆さんにもヨロシク!」とのメッセージを授かった。

次なる訪問地は上越市。途中、松代(まつだい)という山村を通ったが、道の両側に見事な棚田風景が広がっていた。と、何やらその中に、色とりどりの前衛的なオブジェの数々。聞けば、こうした自然の地形を活かした「大地の芸術祭」が開かれていたのだ。

さしずめ、新潟版「フィールドミュージアム構想」といった所だろうが、なかなかどうして見応えがあったし、同時に、我が古里の「砂防地利活用」施策の遅れも気になった。これはひとり、役所の責任だけではないと、思う。

上越市では、島原市でこの春導入してもらった「災害緊急告知端末機器」の製造工場を視察。同社のH社長と面会し、これからの「地域情報」のあり方について意見を交わした。

H社長によると、「上越市では、地域新聞・CATV・地域FM・タウン誌の4者が連携して、大いに効果を上げている」との由。「島原も負けてはおられない」との思いを強くした。

予定では、糸魚川のジオパーク施設を見学するつもりでいたが、後のスケジュールの都合もあって、上越CATV局を訪問。常務のOさんと面談した。

そこから再び高速で長岡まで移動。途中下車して、旧西山町にある田中角栄元首相の生家前を通過。表札には「田中直紀・真紀子」と連名で記されていたが、普段は親戚の人が管理している、とのこと。

近くの田んぼの中に中国関連の文化施設に加えて、「孫悟空」という名の中華レストランがあったのには笑った。そうか、角さんは日中国交回復の立役者であった!

-つづく-


2009/08/06

2.7キロの大ナイアガラ…長岡の花火は〃日本一〃

‐株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

既報の通り、2泊3日の日程で新潟、山形を視察で巡ってきた。社員2名を同行したので、少なからぬ旅費を投じたことにもなるが、それ相応の〃成果〃は掴んできたつもりだ。

最初に訪れたのは新潟県長岡市。「災害つながり」と言っては変だが、これまでも現地のコミュニティFM局とは頻繁に技術的な交流も重ねているので、不思議と〃他人〃という気がしない。

今回は〃日本一〃と称される「長岡まつり」(花火大会)の賑わいぶりを、じっくりと拝見させていただいた。一言で〃印象〃を述べるなら、これはもう明らかに〃桁違い〃である。

終戦間際の「長岡空襲」からの〃復興〃を祈念して始まったとされる同大会。さして〃軍需産業〃などなかった一地方都市のはずなのに、なぜ空襲を受けたのか…?

答えはいとも簡単。真珠湾攻撃を指揮した山本五十六元帥の生誕地だから。そんな単純な理由で、一千何百人もの無辜(むこ)の民が犠牲になっていることを想えば、戦争とはいかに愚かしく、また恐ろしい行為であることか…。

3日夜。平日(月曜)だと言うのに、信濃川河川敷に集まった観客の数は40~50万人。雷雨にたたられた前夜もほぼ同数を集めたというから、まずはその〃動員力〃の凄さにあきれ返る。

夜の帳(とばり)が落ち始める午後7時過ぎ。FM放送と連動して秘かな〃恋心〃などを託す「メッセージ花火」からスタート。空中を舞っているのは〃中洲〃に巣を作っている蝙蝠(こうもり)だと聞いてビックリ。

そう言えば、東京に向かう飛行機の中に蝙蝠マークですっかり全国区になった福砂屋(長崎)の殿村社長が乗っておられたよなぁ…などと他愛もないことを考えているうちに、いよいよ〃本番〃。

隣の桟敷に陣取ったいなせな男性が「どこから来た?」と訊いてきたので「長崎県の島原です」と答えた。すると「おー、そうか。天草に市長をしているJC時代の親友がいる」と言うので、「安田公寛さんでしょう」と応じたら、異常なまでに喜んでくれた。
それから先は2時間強にわたって「これでもか!」と言わんばかりに、息をもつかせぬ「スターマイン」や「ナイアガラ」の連発攻勢。その数、2万発とか。

頃合いを見計らったかのように「正三尺玉」が何度か打ち上がる。沸きあがるどよめき。何より感心したのは〃地の利〃を活かした舞台設定。「ナイアガラ」の幅だけでも延々2.7kmも続くのだ。

その名に決して恥じない、日本一の花火の祭典。それを支えているのは文字通りの〃市民力〃。「たとえ業績が悪くても、スポンサーを降りる地場企業はほとんどありません」と、現地のFM局社長。その顔はいかにも誇らしげであった。

- つづく -


2009/08/05

犯罪の種は尽きまじ…かわいそうな〃ノリピー〃

-株式会社ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守-

「浜の真砂は尽きるとも…」と辞世の句を述べたとされるのは〃天下の大泥棒〃こと石川五右衛門であるが、どうやら今の世の中でも〃犯罪の種〃は無尽蔵のようである。

月曜から出張を続けているが、各出先で新聞の社会面を読んでいると、本当に次々と色んな〃事件〃が発生している。紙面に掲載されていない分も合わせると、その数は相当なものであろう。

恥ずかしながら、事件が報道されるまで、押尾学という俳優が、あのアフラック(保険)のCMで一世を風靡した、矢田亜紀子さんの旦那だったとはつゆ知らなかった。

ここで一発!親父ギャグをかませば「尻〃尾〃を〃押〃さえられた」ということか!?どうか本人には、たとえ合成麻薬であっても立派な犯罪であるということをこの際しっかり〃学〃んでいただきたい。

てなことをブツクサ言いながら今朝の紙面を広げてみたら、今度はノリピー(酒井法子さん)の旦那が、覚せい剤取締役法(所持)の疑いで捕まった、との記事。おやおや、一体どうなってんの!?

だいたい職業そのものに「プロサーファー」なんてものがあるのか?しかも〃自称〃ときている。はっきり言って、こいつはノリピーの〃紐〃のようなものだったに違いない。

しかし、それより何より、東京・新橋で起こった祖母と21歳の孫娘の殺傷事件には驚いた。何が驚いたかって、孫の仕事を聞いてぶったまげた。

報道によれば、「勤務先は千代田区内の耳かきサービスの専門店」。まあ、世の中には色んな職業があるので、別段驚くに値しないのだろうが、「プロの耳かき」(?)と言われても、余りピンとこない。

正直言って「耳垢ぐらい自分でほじくり出せばよかとん」と思う。自慢ではないが、筆者は風呂に入るたびに綿棒を使っているほか、車の中にもちゃんとした竹製のオーソドックな製品を備えている。

加えて、会社の机の引き出しに入れているのは、丸善(本屋)のカウンターで買った軽金属の螺旋式の新製品だ。これはすこぶる気持ちが良いが、捕獲量にいまいち難がある。

いやいや、そんなことはどうでも良い。大事なのは、人間として「やって良いこと」と、「絶対にやってはいけないなこと」をしっかり見極めて、理解&実行しなければ!! 

そのためには、他人様や目上の方々の仰ることを、両の耳で素直に受け止めること。「耳かき」本来の存在理由はその辺りにあるのだと思うが、これは余りにも穿ち過ぎか!?

旅先で期せずして目にした3つの事件報道。それぞれの〃関連性〃がないことは明白であるが、薬物の乱用を厳に戒めるポスターの中で「ダメ、絶対ダメ」と愛くるしい顔で語りかけていたのは、確かノリピーではなかったか?


2009/08/01

都会にない田舎の魅力…官民一体で大いにPRしよう!!

‐株式会社島原専務 清水眞守‐

はや8月である。自らの死期を悟ったかのように、クマゼミが〃経文〃のごとき鳴き声を上げている。お盆も近い。

それにしても、梅雨明けが遠い。まだか、まだかと心待ちにしているというのに。個人的な感覚で言うと、全然「暑い夏」なんかでない。自律神経系統に何かしら欠陥があるのかも。

昨今では、寝ても冷めても「地球温暖化」の問題を〃呪文〃のように唱えている輩も多いようだが、太陽の黒点が増えて「プチ氷河期」に向かっている、とする説もある。真偽のほどは分からないが…。

今日はこれから、熊本新港で行われる島原温泉観光協会の「事務所開き」に向かう。何より、島原は有明海(熊本&福岡方面)に開けた「海の玄関口」である。その機能強化に大いに期待したい。

観光関連の話で言うと、来週は新潟県長岡市のFM局の案内を受けて、「花火大会」の視察に訪れる。〃日本一〃と称される信濃川河川敷での催しで、百万人の見物客が訪れる、というマンモス大会だ。

現段階でどれほどの賑わいぶりなのか予想はつきかねるが、新幹線の臨時便が出るほどだから、やはり相当なものだろう。大会運営のノウハウから、テレビ&ラジオ中継の仕方まで学ぶ点が大いにあるはず。心して伺いたい。

〃ついで〃と言っては何だが、時間の余裕があれば、糸魚川のジオパーク施設、十日町のFM防災体制などについても見聞を広めてくるつもりだ。

日程は2泊3日間(5日夜帰島)としているので、来週の『ターニングポイント』はお休みさせていただく。ただし、盆前の11日(火)には、横田市長を特別ゲストに迎えてお送りする予定なので、乞うご期待!!

まあ、そんなこんなで相も変わらず落ち着きの無い日々を過ごさせていただいているのだが、今朝方タバコを買いに大手川沿いを歩いていたら、年老いたサギ(?)が一羽欄干に佇んでいた。

よくよく考えてみたらこの鳥は、昨日も、一昨日も、いやもっとずっと以前から、その界隈に棲みついているような気がする。

東京近郊ならテレビ局あたりが勝手に名前を付けて、騒ぎ出すところだろうが、島原人はさすがに奥ゆかしい。サギもその点は心得たもので、実に悠然と構えている。

ただ〃視点〃を変えれば、島原人はこうした自然の営みを、余りに当たり前の光景として見過しているのではないか。都会になくて、田舎にあるものは何なのか。それがどれほどの価値を持つものなのか。我々はもっと敏感になって見直すべきだ。

世界ジオパーク認定の可否を握るユネスコ関係者の現地視察も間近。官民一体となって、島原半島の素晴らしさを大いにPRいたしましょう!!